2025年1月24日に公開の映画「おんどりの鳴く前に」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「おんどりの鳴く前に」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
おんどりの鳴く前にが視聴できる動画配信サービス
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おんどりの鳴く前にのあらすじ
ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村に住む中年警察官イリエ。彼はもはや野心を失い、鬱屈した日々を送っている。彼の望みは、果樹園を経営しながら、穏やかな第2の人生を送ること。しかし、村で発見された惨殺死体が原因で、イリエは美しい村に潜む暗い真実を次々と目にすることになる。正義感を捨てた警察官が迎える衝撃の結末とは―。
おんどりの鳴く前にの詳細情報
「おんどりの鳴く前に」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
| 監督 | パウル・ネゴエスク |
|---|---|
| 出演者 |
|
| カテゴリー | 映画 |
| ジャンル | サスペンス |
| 制作国 | ルーマニア ブルガリア |
| 公開日 | 2025年1月24日 |
| 上映時間 | 106分 |
おんどりの鳴く前にの公式PVや予告編動画
「おんどりの鳴く前に」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。
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おんどりの鳴く前にのよくある質問
-
Q映画『おんどりの鳴く前に』のあらすじはどのようなものですか?
-
A
映画『おんどりの鳴く前に』は、戦時下の村を舞台に、愛と裏切りを描いたヒューマンドラマです。主人公は、戦争に翻弄されながらも自らの信念を貫く青年で、彼の選択が周囲に大きな影響を与えていきます。人間の深層心理を掘り下げた物語が見どころです。
-
Q映画『おんどりの鳴く前に』のテーマにはどのようなものがありますか?
-
A
映画『おんどりの鳴く前に』は、戦争の悲劇とそれに抗う人間の強さがテーマとなっています。戦場から遠く離れた村の中で、生活が荒んでいく人々の姿を通して、愛や希望の意味を見つめ直します。静かで力強いメッセージが印象的です。
-
Q『おんどりの鳴く前に』の主な登場人物は誰ですか?
-
A
『おんどりの鳴く前に』の主な登場人物は、信念を持って生きる青年と、彼を支える家族や友人たちです。彼の選択が彼らとの関係にどう影響するのか、緊迫した人間ドラマが展開されます。
-
Q映画『おんどりの鳴く前に』の制作スタッフについて教えてください。
-
A
『おんどりの鳴く前に』の監督は、独自の視点で人間ドラマを描くことで知られる著名な映画監督です。脚本には、深い心理描写に定評のある脚本家が参加しており、映像美とともに深みのある物語を創り上げています。
-
Q映画『おんどりの鳴く前に』はどのような評価を受けていますか?
-
A
『おんどりの鳴く前に』は、観客と批評家の両方から高い評価を受けています。特に、登場人物の深い描写や戦争の背景における人間の葛藤が称賛されています。静かな作品ながらも強いメッセージを持つ点が支持されています。



おんどりの鳴く前にの感想・評価
映画『おんどりの鳴く前に』(原題:Oameni de treabă / 英題:Men of Deeds, 2022年ルーマニア・ブルガリア合作、パウル・ネゴエスク監督)を、映画学・批評理論・文化研究の視点から総合的に検討します。
1. テーマ分析
– 凡庸な共犯関係と遅すぎた実存の覚醒を核に、次の二つの構造を浮き彫りにします。
• 平穏を守るための沈黙が生み出す構造的暴力
• 遅すぎた正義の執行に伴う無様な代償
– 日常の妥協が共同体の腐敗を温存するさまを、主人公イリエの視点を通して描写。
– 去勢された男性性と名誉の回復をめぐる欲望が、洗練されたヒーロー像ではなく惨めで破滅的な暴力へと収束します。
2. 象徴表現(シンボリズム)
– おんどり(雄鶏)
描写: 冒頭と終盤で静かに主人公を見つめる。
象徴的意味: ペテロの否認の反復を連想させ、自己保身による裏切り・良心の告発・神の沈黙と監視の連関を示します。
– 果樹園(果樹)
描写: イリエが執着する購入計画。
象徴的意味: 私的 Eden(楽園)の幻想だが、土地自体が村長の腐敗の産物の皮肉を含みます。
– 牛のフン
描写: 村長の台詞「道を見ろ、牛のフンだらけだ。いちいち拾って見せて回るか?」
象徴的意味: コミュニティの汚濁と不都合な真実を覆い隠すローカルな統治論理。
– 開いた制服の胸元と口髭
描写: だらしなくボタンを外し、頼りない髭を蓄えるイリエ。
象徴的意味: 国家権力の形骸化・規律の喪失・去勢された父権的権威を示します。
– 斧
描写: 最初の殺人事件の凶器。
象徴的意味: 前近代的な原始的暴力の痕跡。田園風景に潜む野蛮性の表出。
3. 物語構造の力学
– 古典的な辺境ウエスタンの骨格を東欧ポスト共産主義農村へと移植した3幕構成。
第1幕:均衡と退廃 … イリエの日常と新任警官ヴァリの着任、殺人事件の発生で均衡が崩れる。
第2幕:共犯の深化と崩壊の予兆 … 自白と揉み消しの要請、イリエの事なかれ主義とヴァリの孤立、私刑と性的暴挙までを描く。
第3幕:破滅的カタストロフ … イリエの突発的蜂起と銃撃戦による全滅、英雄的ではない泥臭い死と清算。
– 構造の特徴: フーダニットの推理ではなく、犯人が序盤で判明したうえで「主人公がどこまで共犯に甘んじ、どこで壊れるか」を追う心理的サスペンスとチキンレース。
4. 演出技法
– ルーマニアン・ニューウェーブとジャンルの交差を示す抑制的な長回し(ロングテイク)と固定・緩やかなパンで、覗き見する距離感を保持。
– 会話の端々や事後処理を通じた暴力のオフスクリーン表現と、終盤の長回しによる生々しい銃撃を対照させ、観客に強い心理的衝撃を与えます。
– メランコリックな音響設計: 劇伴を控え、風・車・動物の音を前景化。必要な局面でルーマニアの伝統的哀歌的旋律を挿入し、荒涼とした閉塞感を補強します。
5. 社会的・文化的背景と腐敗の構造
– モルドバ国境近くの村を舞台にした、共産党崩壊後の法の空白地帯を描く。
– 村長の国境密輸による私益、司祭の精神的免罪符的役割、警察官の黙認という「三位一体の権力構造」が、現代国家の法制度よりも優先される封建的リアリティを批判的に示します。
– 原題と邦題の皮肉: 原題 Oameni de treabă(有能な人々/善き人々)は実際には犯罪と隠蔽を行う権力者を風刺。邦題は聖書的メタファーを前面に出し、倫理的葛藤を強調します。
6. 哲学的背景
– ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」: 巨悪は怪物ではなく、思考停止と空気・制度への同調によって媒介される凡人の行為。
– サルトルの自己欺瞞(Mauvaise foi)とキルケゴールの実存的決断: 自由と責任から逃げつづける主人公が、究極的局面で自らの意思で破滅を招く。
– 免罪の形骸化: 司祭が「神は赦された」と告げる場面は、宗教儀礼が道徳的免罪符として機能し共同体の罪悪感を麻痺させる現実を暴露します。
7. 国内外の批評比較
– ルーマニア国内: GOPO賞をはじめ主要受賞を獲得。従来のRNWにブラックコメディ要素とネオノワールの娯楽コードを融合させた点が評価されました。
– 欧米の映画祭: 東欧のダーク・スタディとして評価され、主演ユリアン・ポステルニクの悲哀と滑稽さの両立が高く評価されました。
– 日本国内: みっともなく無様な人間の愛おしさや、トーンコントロールの妙を高く評価する批評が多く見られます。
8. なぜ評価されるのか/なぜ評価が分かれるのか
– 高評価の理由: 深層にあるトーンの層の巧妙さ、ブラックユーモアと冷酷さの混在、複雑な人物描写が観客の倫理観に揺さぶりをかける点。
– 評価が分かれる理由: 前半の進行が緩慢で退屈に感じられること、ヒーロー不在の結末、動機の多義性が観客の共感と理解を揺さぶる要因となる点。
9. 制作者の意図
– 英雄のいない世界の提示: 個人の利害と安寧を優先する人々の実像をありのままに描く。
– ことなかれ主義の解剖: 社会に根深く残る波風を立てない生存戦略が、いかに人間の尊厳を蝕むかをブラックユーモアの刃で示す。
10. 別解釈の可能性
– 精神的自殺説: イリエは正義を回復するために動いたのではなく、夢の喪失と自己嫌悪から“死に場所”を求めて自滅的暴挙に走ったという読み。
– ポスト・コメ建設の寓話説: イリエ=旧体制の惰性、村長・司祭・警察=新興オリガルヒと宗教権力、ヴァリ=近代法規範の導入をめぐる衝突と排除の象徴として読み替える解釈。
– 東欧社会の倫理的袋小路を映す寓意として、現実のトラウマと閉塞を示す物語として評価する見方。
【総括:初心者向け/映画ファン向け/批評家向けの三段階解釈】
– 初心者向け: 田舎町での若い警官と周囲の圧力が、日常の見ざるを美徳と信じ込んだ結果、取り返しのつかない事態へと発展するサスペンス。事なかれ主義の恐ろしさと、最後にわずかな意地を見せる主人公の姿を描く苦い人間ドラマ。
– 映画ファン向け: ルーマニアン・ニューウェーブの冷徹な長回しと、コーエン兄弟風のオフビート・ノワールの融合を味わえる一作。保安官像を極限まで崩すトーンコントロールに注目。
-批評家向け: クライエンテリズムと国家権力の地方支配の病理を、聖書的メタファーのアイロニーと組み合わせて、東欧ポスト共産主義社会の倫理的アポリアを鋭く提示する社会記号論的テキスト。
前半や途中で少し眠くなる場面もあるが、全体としては面白い。主人公の情けなさぶりはこれほどまでに徹底している映画は珍しく、好感が持てる。ただし、後半へ移る直前に悪政の発覚が描かれるまでの展開はやや退屈でネック。とはいえ、それがラストの銃撃戦の迫力をザラーとペキンパーの作風の合わせ技のように際立たせている。
うだつの上がらない警官がさまざまな思考を巡らせ、自分なりに納得のいく結末に至るのは悪くないアイデアです。しかし、判断が遅く、最終的にはただ見ているだけで辛さが増してしまう。思わず「アーオ」と顔をしかめてしまいます。
人間の汚れや醜さ、弱さや強さ、善悪のすべてを100分で巧みに表現した作品。
展開はかなりのんびりで退屈に感じる場面もあったけれど、なんとなく観てしまった。結局、すごくよかった。派手さはないけれど、観た人にだけそっと寄り添ってくれるような映画が、こんなにも好きだと改めて思った。
結局、劇場では観られなかった作品の一つです。ルーマニア映画は初めての鑑賞ですが、意外と気に入っています!
静かな村を舞台にしたヒューマンドラマかと思いきや、思いもよらぬ事件が発生します。普段は何事もない村で突然、死人が出てしまうのです。
こうした村での情報隠蔽や噂の広まりが妙にリアルで、静かな恐怖感を味わえます。実際にこんなことが現実に起こるのではないかという不安も感じます。
コーエン兄弟の『ノーカントリー』を思わせる場面や緊張感もあり、全体的には非常に静かな作品ですが、個人的にはその雰囲気や音楽、内容に惹かれました。主人公イリエの感情や過去が、彼の表情や言葉から伝わってくるのも魅力的です。
万人受けはしないかもしれませんが、素晴らしい作品でした
心に残るラストシーンが印象的です
情けない人間だと見なしていたが、最終的には警官として正義を貫いていた。
「鶏が鳴く前に、
あなたは三度、わたしを知らないと言う」
平凡に生きたかった。
高望みをせず、ただ平凡に。
そんな願いを抱える凡庸な警察官のもとに
遺体発見の知らせが舞い込む。
それは静かな生活を一変させる
衝撃的な幕開けでした。
内容は刺激的ですが、
物語は静かで、
淡々と進んでいきます。
ルーマニアのサスペンス、
なかなか珍しい雰囲気です。
テーマは
“人間性” でしょうか。
人間性が試され、
揺れ動きながらも、
誤りを認識しつつ進む道
“取り返しがつく前” とは、
どの地点を指すのか。
イリエに聞いてみたくなるラストでした。
#おんどりの鳴く前に
観ている間、ずっと「嫌だなぁ」と思っていた。それでもラストシーンは好きだったけれど、それ以外はずっと嫌な気持ちだった。
公開前情報を知ってからずっと楽しみにしていた作品だったが、正直かなり惜しい。ラストのカオスな展開は光るものの、それ以前の展開が弱い印象。2025年の鑑賞候補として期待は高いが、総じて物足りなさも残る。#2025鑑賞
郷に入れば郷に従え、ということなのか。主人公の警官は部下に対してパワハラ気質を見せる場面もあるが、それでも任務をきちんと遂行している印象だった。若い警官は責務を全うしようと懸命だったが、それが裏目に出てしまうのが可哀想だった。終盤の展開だけは見応えがあった。本編と直接関係の薄い場面で雄鶏をちらつかせる演出が、何とも意味深だった。2026年、32本目。
普段はだらしなさそうに見える警官・イリエだが、銃の腕前を見せられるとやはり警官だと納得する。彼には幸せになってほしかったのに、少し残念だ。閉鎖的な村には何か裏がある気がする。ところで『おんどり』の意味がよく分からなかった。
静かな素朴さが息づくサスペンス。父親に似た主人公が、言葉にできない感情に揺さぶられる。
終盤は展開が全く読めず、視聴者としてはつらい体験だった。しかし巨悪に立ち向かう主人公の勇気は称賛に値する。特に神父が女性を叩こうとする場面は強い不快感を生み、倫理観を問う瞬間となる。神に祈るな、という怒りの声が胸に響く。
静かな村に潜む闇。
当然のように湧き上がる黒い欲望。
穏やかな日々を望む警官には、それは鬱陶しく、見過ごしたい存在だが
苛立ちと葛藤する心は、果たしてどこへ向かうのか。
どんなオチにも振り切れそうな展開で、彼が決断を下すラストまで、観る者を引きつけて離さない。
評価が難しい作品です。退屈ではありませんが、特に強くおすすめできるわけでもなく、少し印象に残る作品と表現できるでしょう。
ポン・ジュノ風のルーマニア映画。美しい景色と遅いテンポが織り成す、重厚な喉越しを味わう一作。
– ポン・ジュノ風のルーマニア映画。景観は抜群、テンポは緩やかだが、喉越しはかなりヘビー。
– ポン・ジュノ風のルーマニア映画。美しい風景と静かなテンポが生み出す、強い余韻と重厚感。
「まるでタランティーノ」というキャッチコピーが印象的だったが、私の感覚ではむしろ「まるでコーエン兄弟」のような始まり方や雰囲気だ。ただし、コーエン兄弟の特有のユーモアは感じられない。本国のポスターは明るいコメディ風で、髭のあるキャラクターも登場していたが警官としてのやる気がなく、中年の危機に直面しているイリエ。果樹園を購入して新たな人生をスタートしたいと考えているが、資金はほとんどなさそうそんな彼の元に新人警官のヴァリが配属される。ある日、イリエはシーツを盗まれた婦人を適当に扱い、帰すことになる。すると、ヴァリが何かを言いたげな視線を送る「ブルース・ウィリスでも呼べって?」とイリエが冗談を言うシーンが印象的だったその後、死体発見の通報があり、さまざまな出来事が展開される。ヴァリが村の住民に事情を聴いていると、イリエから新人なのに一人で何をやっているんだと叱責されてしまい、可哀想に思う。あんな上司の下で働くなんて思わず愚痴りたくなる。最初に疑った人物が犯人だと思わせつつ、告白的な言い訳をする展開。イリエは流れに身を任せて、なんとなく従ってしまう。改めてヴァリに事件捜査をするなと釘を刺す。その後の展開では、ヴァリが本当に気の毒な目に遭う。村長は果樹園をイリエに譲ると妻に言ったが本当に何も意図していないのか、どう見ても怪しいというツッコミ️イリエは徐々にかつての正義感を取り戻すが、これがラストに繋がるのかᐟ.ᐟ すっきりしない結末で、好きな雰囲気ではあったが、暗くて理解できない部分も多かった
映画館のフライヤーを見て少し期待していたけど、思っていた感じとは違った。すごく地味だけれど、リアルさは確かにある。タイトルの意味が最後まで分からず、調べてようやく納得した。
主人公の曖昧な態度には共感できず、少し苛立ちながら観ていたが、観終わって冷静に考えると、自分が傍観者として想像力を欠いていたのかもしれないと思わされる。閉鎖的な村社会で不正が横行する状況下では、あの態度が現実的な解決策だったのだろうし、彼自身もバランスを取ろうとしていたのだろう。
監督のインタビューを読んでいると、主役の俳優の役作りについても触れられており、自分は見事に監督の意図に引き込まれたように感じた。邦題も巧妙に付けられている。
話の面白さや登場人物の魅力が特に際立つわけではないのに、練られたストーリーを役者が演じているようには見えず、それでも絵作りが美しく、風情があるのかないのか判別がつかないルーマニアの景色にも見入ってしまう。とても良かったです。
地味な展開が長く続き、主人公の言動が最低で退屈だった。眠くなる瞬間もあったが、最後の展開で一気に目が覚めた。
地味な場面が続き、主人公の振る舞いが最低で退屈さが増した。眠気に負けそうになったが、終盤で一気に状況が変わり、目が覚めた。
地味な展開が続く中、主人公の最低さと退屈さに耐えきれそうになったが、ラストの展開で一気に状況が転じ、視聴者の目が覚めた。
地味な場面が長く続く中、主人公の最低さと退屈さに耐えきれず諦めかけた。でも最後に一気に締めくくられて、目が覚めたような気分になった。
荒波を立てずに村で流されるように生きる主人公には最初、疑問を抱きましたが、物語の終盤には少し彼を好きになっていました。正義感が時に自分を危険にさらすことを実感させられます。
邦題の印象が強く、単純に興味を引く要素があり、イリエの「本当に」求めていたことがラストで明らかになる流れが良いと感じた。
腐敗が蔓延するルーマニア・モルドヴァ地方の小さな村を舞台に、警察官が事なかれ主義を貫く中、ある殺人事件を契機に彼自身の良心と村を支配する権力者との対立に直面し、予想外の選択を迫られる姿を描いた、パウル・ネゴエスク監督のダークコメディ映画。
本作の主題は、ルーマニア内に深く根付いた権力腐敗の構造である。日本での宣伝では、殺人事件の背後に潜む腐敗を暴く社会派サスペンスまたはサスペンス・アクションとして紹介されているが、実際の内容はそれとは異なる。物語は確かに事件を起点とするが、腐敗のメカニズム自体は非常に単純で、早い段階で明らかとなる。映画の焦点は、次第に中年警官イリエの「欲望と正義の葛藤」へと移っていくが、その葛藤はどこか薄っぺらく、深い心理描写には至らない。
この理由は明らかである。監督が語るように、本作は最初からコメディとして計画されている。したがって、サスペンスや社会派ドラマではなく、腐敗した権力者や警察組織を徹底的に茶化して笑いに変え、その結果、彼らを冷笑する作品となっている。このユーモアの感覚は、ルーマニアの現実を知らなければ理解しづらいだろう。チャウシェスクを生んだ国ならではの腐敗は日常の一部であり、それを笑いの対象とすることが国民の自己防衛でもある。実際、欧州評議会の「対汚職諸国グループ(GRECO)」の報告書でも、ルーマニア社会における制度的腐敗が繰り返し指摘されている。
原題『Oameni de treabă(善良な人々)』には、表面的には「善良」に見える腐敗した人間への皮肉が込められている。主人公のイリエが正義と欲望の間で揺れ動く姿をコミカルに描くのも、実際の腐敗した警官には存在しない道徳的葛藤を戯画化したものと解釈できる。その点で、滑稽に見えるラストシーンは、作品全体を貫くアイロニーの帰結として納得がいく。ルーマニア本土でのポスターを見れば、その意図はさらに明確である。
邦題『おんどりの鳴く前に』は、新約聖書におけるイエスのペテロに対する予言に由来すると町山智浩氏が指摘し、そのセンスに対して高評価を得ている。しかし、作品の本質が宗教的寓話ではなく腐敗を描いたコメディにある点を考慮すれば、邦題はやや的外れな印象を受ける。
ちなみに、この村に赴任してくる新人警官ヴァリはなかなかのイケメンで、ルーマニアの俳優・監督・脚本家として活躍するアンゲル・ダミアンが演じている。父母ともにルーマニア映画界の著名な監督・脚本家であり、17歳で俳優キャリアを始め、特に舞台俳優として高く評価されている。また、製作者としてテレビドラマで活躍し、短編映画の監督も手掛けている。母親が監督したアニメーション映画『マロナの幻想的な物語り』では、共同で脚本を執筆している。
映像美は際立つ一方で、物語は静かな語り口。派手な演出や大音量のBGMはほとんどないが、それが却って観る者を惹きつけ、最後まで引きつけられる作品だ。
一人の男が選ぶ結末に、深く感銘を受ける。
ルーマニアの片田舎にある村では、娯楽といえば釣りと酒・喫煙くらい。閉塞的なムラ社会の中で、主人公は諦念が染みついているように見えるが、家庭や果樹園を諦めきれない。だが彼が本当に手放せなかったのは、心の片隅で燻り続けていた正義感なのかもしれない。
ルーマニアの作品。
オープニングでは、トラックの荷台から落ちた一羽の鶏が道路を彷徨い、これが田舎の腐敗した村に放り出されたイリエや新人警官を象徴しているのかもしれません。
好きな作品だという予感を抱かせるスタートでした。予想以上に地味で淡々とした内容だったため、評価が分かれるのも理解できますが、個人的には好みでした。
最後の銃撃戦が印象的でしたあのシュールさは何なんだろう地味でしっかりした脚本がクライマックスに向かって進んでいたところで、あのチープで滑稽なラストにいい意味で驚かされました。
実際、事件がほとんど起こらない田舎の村であんなに派手な銃撃戦が繰り広げられるのはおかしいと納得しました。最後には思わずニヤニヤしてしまいました。
主人公イリエは自然豊かな田舎町を舞台にする警察官で、いつか果樹園を買って第二の人生を送ることを夢見ている。そんな彼の町で殺人事件が起き、村の闇を暴くきっかけになる。事件の真犯人は早々に自白し、イリエは正義感と職務の板挟みに苦しむ。小さな違和感の積み重ねが彼を徐々に追い詰めていくが、場面によっては退屈に感じられる部分もある。村長と司祭は極悪人だが、イリエ自身も怠惰な面を見せ、村全体の腐敗が浮き彫りになる。やる気に満ちた新人警官の健気さが切なく、果樹園を口止めに使おうとする村長夫妻が善人の仮面を被って語る姿は不気味だ。ラストには急激な暴力の展開が訪れ、イリエの痛々しい演技が観る者を強く揺さぶる。終盤で釣り人たちが再登場する場面も印象深い。
緊張感やエンタメが不足していると感じることもあるけれど、やっぱりタランティーノは本当にすごいと思う。面白さが伝わってくる。
凶暴化したおんどりのパニックムービーかと思いきや、実際は違いました。冒頭で1羽の鶏がトラックから落ちるシーンには「うわっ」と声が出てしまいました。村長宅の夕食に出てきた、スポンジケーキのようなものは一体何なんだろう?デザートじゃなさそうで、パンの代用品といったところかな?調べた結果、ママリガというものかもしれません。途中でちょっと眠くなりましたね。退屈に感じてしまいました。このジャケットとタイトルには引き込まれましたが、村に潜む闇の話というのは不気味で陰湿な印象があり、もっとゾワゾワするような怖さが欲しかったです。そんな感じはあまりなかったですね。正義感との葛藤が描かれているものの、ちょっとわかりやす過ぎた印象があります。そして、ラストでは急にコメディ要素が加わり、雰囲気が変わります。全体的には悪くない感じがするんですが、ストーリーがつまらなかったのが残念です。
見て見ぬふりを貫くのは案外難しい。いや、何かを貫くという行為には常に覚悟が必要で難題だ。突っ込めば地獄が待ち構えていることもある。躓いた過去を背負い、くたびれていて滑稽で情けない主人公が、それでも人間臭さを放ち、役者の演技が輝いていた。
主人公に対して不安を感じたけれど、最終的にはしっかりと成長してくれたので安心した。
揉めているおじさんたちがぼやけているのを見て、これは自分が好きな光景だなと思いました。
#CulturalLife