2018年11月16日に公開の映画「人魚の眠る家」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「人魚の眠る家」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
人魚の眠る家が視聴できる動画配信サービス
現在「人魚の眠る家」を視聴できる動画配信サービスを調査して一覧にまとめました。以下のVODサービスで「人魚の眠る家」が配信中です。
人魚の眠る家のあらすじ
二人の子どもを持つ播磨薫子(はりま・かおるこ/篠原涼子)とIT機器メーカーを経営する夫・和昌(かずまさ/西島秀俊)。娘の小学校受験が終わった後に離婚する約束を交わした夫婦のもとに、突然の悲報が舞い込む。娘の瑞穂(みずほ)がプールで溺れて意識を失ったというのだ。回復の見込みのない我が子を生かし続けるか、死を受け入れるか。究極の選択を迫られた夫婦は、和昌の会社の最先端技術を活用し、前例のない延命治療を始める。治療の結果、娘は美しい姿を取り戻すが、その姿は薫子の狂気を呼び覚まし、彼女の行動はエスカレートしていく。それは果たして愛なのか、それとも単なる欲望なのか。過酷な運命に直面した彼らの先には、衝撃的な結末が待ち受けていた――。
人魚の眠る家の詳細情報
「人魚の眠る家」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
人魚の眠る家の公式PVや予告編動画
「人魚の眠る家」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。
人魚の眠る家の楽曲
「人魚の眠る家」の主題歌や挿入歌、サウンドトラックを紹介します。映像だけでなく音楽からも作品の世界を感じてみましょう。
- サウンドトラック人魚の眠る家 オリジナル・サウンドトラックAlexis Ffrench
- メインテーマあいことばayaka
人魚の眠る家を見るのにおすすめの動画配信サービス
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人魚の眠る家を無料で見る方法は?
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人魚の眠る家のよくある質問
-
Q映画『人魚の眠る家』のあらすじは?
-
A
映画『人魚の眠る家』は、娘の瑞穂が川で溺れ、脳死状態になったことで始まる物語です。両親は娘の生命維持装置を外すことができず、家で看病を続ける中で家族の絆や葛藤が描かれます。社会的なテーマを含みつつ、深い愛と苦悩を映し出しています。
-
Q映画『人魚の眠る家』の主要なキャストは?
-
A
映画『人魚の眠る家』の主要キャストには、篠原涼子が主人公の母親・薫子を演じ、娘の瑞穂役には子役俳優が出演しています。父親役は西島秀俊が務め、夫婦の複雑な感情を演じました。
-
Q『人魚の眠る家』のテーマやメッセージは何ですか?
-
A
『人魚の眠る家』は、家族愛や命の意味、そして選択の重さをテーマにしています。脳死という過酷な現実を前に、愛することの意味を問い直す展開が深い感動と考えさせられるメッセージを与えています。
-
Q原作小説と映画『人魚の眠る家』の違いはありますか?
-
A
映画『人魚の眠る家』は、東野圭吾の小説を原作としていますが、映像化にあたり一部の設定や人物の描写が異なります。特に、感情表現や家族の葛藤の描き方が映画ならではの演出が加えられています。
-
Q映画『人魚の眠る家』はどのような評価を受けていますか?
-
A
映画『人魚の眠る家』は、観客から感動的で考えさせられる作品として評価されています。特に、篠原涼子と西島秀俊の演技が高く評価され、家族の絆の複雑さをリアルに描いた点が好評を得ています。



人魚の眠る家の感想・評価
映画感想: 重くて深く考えさせられる作品でした。脳死という難題が生と死の境界を問うテーマで、娘を持つ私には胸が締め付けられるほど辛い展開でした。母親の気持ちも、子どもたちの不安も痛いほど伝わってきます。誰も悪くないのに、切なくてたまらない。家族の愛と葛藤を見事に描いた、観る者の心を揺さぶる映画です。
脳死は、身体がまだ動いて呼吸をしている状態で死と捉えるのが難しく、残された家族にはつらい判断が迫ります。目の前で温かく呼吸を続ける人の身体から臓器を提供しますと決断するのは、安易にはできません。感情の整理がつかず、どう向き合えばよいのか自分を見失いがちです。操り人形のような描写は強く心を打ち、怖さを覚えます。誰も悪意はなく、ただより良い未来を願って行動しているだけなのに、現実はそんなに簡単には割り切れません。
人の死を決めるのは、やはり他人なのだろうか
脳死でも
心臓死でも
医学的にも死んでいても
法的にも死と認定されていても
自分の意思で
体を動かし
言葉を紡ぐ
生きていることを主張しなければ
死を決めるのは他者
当然のことだといえば当然だ
人が生きるとは何か
身体が動くこと
五臓六腑が動くこと
脳が働くこと
他者に反応を示している状態を指す
それでも、自分自身の意思で何も動かせない大切な人が
生きているのか死んでいるのかを決めろと言われたら、
生きていると声を上げたい
本人ではないからこそ
生を信じたい
魂という存在に、縋りたい
それが動ける人間の、動かない感情なのだ
この世界では奇跡が起きたり起きなかったりするから
意識が戻るかもしれないと希望を持つこともある
呆気なく奇跡が裏切られることもある
それでも魂の存在を信じ切っていい
肉体と離れただけで
どこかで生きていると信じてよい
輪廻転生という考え方を信じるのなら、
その希望に全てをかけてもいい
ただ、だからこそ
目の前で動いている
大切な人の
意思を持った行動や
感情を表す発言には
ちゃんと向き合ってほしい
それこそが、動かない人魚の
魂の動きを観測する、唯一の方法
苦しい。登場人物全員の考えに賛同してしまう自分が、胸を締めつけられる思いだ。
かなり前に観た作品で、原作を読んでからの鑑賞でした。原作の持つ世界観が見事に映像化されていて感動しました。篠原涼子さんの演技も素晴らしかったです。
医療技術が進歩し、これまで受け入れるしかなかったことに対して手を打つことができるようになったら、親としてはできる限りのことをしようと考えるのは当然だと感じながら見ていました。子供たちの演技は非常に上手で素晴らしかったです。
わかばちゃんが泣く場面に心を掴まれた。みずほちゃんが目を覚まさないと分かっていても、母親は欲張ってしまう衝動を止められず、体が勝手に動いてしまう。いくとくんの気持ちにも深く共感できた。悪者はいなくて、ただ切なく美しい映画だった。
原作はさら狂気に満ちていたのに、映画はまだマイルドに感じた。
わかばぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ
あれは言わせちゃいけないね。
私は事故や病気に対して割と楽観的で、実際に起きてみないと実感しないタイプだから、前半はあまり乗れなかったけど、後半は良かったね。色んな視点から話せることができた。
死を受け入れる時間があるのはありがたいな。何をもって死とするかというと、無理のない範囲での延命とお別れが望ましい気がするね。
顔の神経を操って笑顔を作る場面は怖かった。
とりあえず、近しい人に自分の希望だけでも伝えておこうと思う。
2026
56
愛する人が脳死となり、脳死か心臓死かを選ばざるを得ない状況に置かれた場合、誰もがそのような事態に直面する可能性があると感じます。その気持ちは理解できるものの、脳死状態の人を技術で動かす様子は、他の人から見ると恐ろしい印象を与えるのも無理はないと感じました。
篠原涼子さんの演技は、これまでで一番泣けるほど素晴らしかったです。子どもがいる身としては他人事には感じられず、もし子どもが脳死状態になったら、私には死を受け入れることはできないと思います。
大好きな篠原涼子さんが出演していたので、以前から楽しみにしていた作品です。子どもが突然の事故に遭い、脳死と診断されたとき、母親はどう行動するのか。序盤のシーンは、母親の立場として見ていられませんでした。財力や地位を背景に、延命処置を選ぶ姿が描かれています。
脳死の子どもを持つ母親の立場、臓器提供を待つ親の立場、障害を持つ子どもの兄弟の視点など、様々な立場を考えさせてくれる素晴らしい映画でした。篠原涼子の母親役は特に迫真の演技で、本当に印象的でした。
#東野圭吾まつり #毎日映画三昧2020
最初のシーンに登場する心臓移植を受けた少年が、ボールを拾うとき眠っている瑞穂を人魚のように見てしまう描写が印象的だ。薫子が警官に問いかける場面は予想を覆す転換となり、観る者の胸を強く打つ深い問いへと導く。離婚の背景をめぐるやり取りでは、和昌の『泥にまみれないでくれ』といわれる孤立感が浮き彫りになる一方、彼の心からの叫びは『頼むからやめてくれ。殺さないでくれ』という切実さとして響く。薫子は覚悟を決めて全力で進む。娘の心臓が鼓動している現実と、理論上は死を意味する状況が同時に存在する中で、観る者は結末へ納得感を抱くはずだ。財力があっても命を救えない場面は、命の重さを改めて浮かび上がらせる。娘の『ありがとう』という言葉には深い救済が宿る。薫子を支える母の存在も光り、常に娘を真っすぐに大切にし、理解している。「誰にどう思われようと、関係ないじゃない。母親として瑞穂を守ると決めたんでしょ」この言葉が物語の芯を支え、結末へとつながる。全体として、この映画は本当に素晴らしい作品だった。
生きるとは一体どういうことなのか。たとえ意識がなくても、身体が生き続けてほしいと思うのは周囲のエゴなのだろうか。第一に、魂というものは本当に存在するのか、そして死とは何を意味するのか。人間の尊厳とは何なのか、深く考えさせられる。
終始、自分本位な考えが目立つ。各自のエゴや思惑が渦巻いており、早くみずほちゃんを救ってあげればいいのにと感じる。エゴが支配する状況。涙が止まらず、胸が締め付けられる。東野圭吾の作品、特に『容疑者Xの献身』のように、感情の部分を巧みに引き出すのが苦手だと感じる。死者には声がないから、皆が仏壇の前で祈るけれど、それがただの形式になってしまっている。人間は、死という現実に抗うべきではない。自然の法則を尊重し、死を受け入れるのが良いと感じた。厳しいなと感じたことをランキングにすると、1位は浮気から再構築を狙う夫。まるで自分の娘で人体実験でもするかのように、何が本音か全く読めないまま金銭と婚姻関係を維持。2位は、命を支えているという感覚に酔って彼女を置き去りにする星野。3位は、何もわからないまま彼氏の会社社長に会い、自宅にも押しかけて逃げてしまった星野の彼女。おばあちゃんの気持ちがとても辛い。弟をきょうだい児にせず、わかばちゃんには適切なメンタルケアを、と考えながら、大人になるのはつまらないなと思った。さらに言えば、介護が必要になったら結局お金で解決するしかないのだと思う。皆が社長になれるわけではなく、現実は厳しい。
泣くほど感動するわけではなかったが、結局は夢だった。しかし、一瞬みずほちゃんが生き返ったときは「うそだろ、本当だったらホラーだな」と思っていた。手足を動かすロボットを作った人が、機械でみずほちゃんを笑顔にしたところから、お母さんの様子が次第に狂い始め、その変化がリアルで怖かった。最後のエンドロールの際の空き家の意味はよく分からなかったが、その後二人はまた離婚したのだろうか。自分の娘が脳死の疑いがあり、臓器移植をしなければ生きられない知人との対比は、自身の置かれている状況の中で一番苦しんだのはお父さんだった。確かにこの状況は非常に辛いが、あんな風にロボットのようになってまで愛していたのだと思う。何が本当の愛かを考えさせられる内容だった。
物語は静かに展開する一方で、親の感情は激しく揺れ動き、その思いが画面越しに痛切に伝わってくる。「希望を捨てないこと」と「現実を受け入れること」の狭間で引き裂かれる家族の姿は非常に辛い。特に印象深かったのは母の表情。言葉以上に沈黙や視線で感情を表現する場面が多く、彼女の選択が正しいのか間違っているのか、観客は答えを見出せないまま物語に没入していく。最新医療の描写もリアルで、技術の進歩が必ずしも人命を救うとは限らないという残酷さが伝わってくる。生きることの判断基準や命の重みについて深く考えさせられる作品でした。
U-NEXTで視聴。もし自分がその場にいたらどう感じるだろうかと考えさせられる作品だった。愛する子どもが脳死の判定を受けたとき、人は冷静でいられるのだろうか。母親の狂おしいほどの愛と倫理観の間で揺れ動く葛藤が、痛切に伝わってきた。
DVDで観賞。原作は未読。物語は始まりからすでに切なく、藁をもつかむような必死さで母が支えを求める姿が胸を締めつける。死をテーマにしたこの作品は、同じ立場なら自分はどう感じるのかと考えさせられる一作。
脳死状態の娘を囲む家族が、命の意味を問う感動的な葛藤と愛の物語。
原作を読み終えたうえでの鑑賞。映画では母親の葛藤とマッドサイエンティストの狂気が強調され、悪目立ちしているように感じられる。もちろん原作にも読者をそうした方向へ導く要素はあるが、今、考えるべきは脳死に陥った家族のリアルだ。
例えば、事故で突然動けなくなった子どもが死んだのか生きているのかは、脳死判定でほぼ決まる。ところが、その判定テストは臓器提供の意思表示が前提で初めて実施されるというジレンマがある。
日本の法律は死を受け止めるのが逆説的に難しいとされるが、原作はこの点を問題提起する。映画はその前提をややスルーし、家族のドラマと狂気の要素をクローズアップする。そうした作り方でも、脳死について観る者に考える材料を与えてくれる点は評価できる。
動かない幼い子どもを巡り、登場人物たちはそれぞれの立場で語る。「あの子は生きている。まだ死んでいない」「自分の体を使って生きる方が喜びを感じられる」「延命は果たして意味があるのか」「技術の進歩にも越えてはいけない一線がある」どれも正しく、それぞれ個人の選択の声だ。
ただ、こんなに難しい問題を、当事者に丸投げする現行の法律こそが最大の問題なのではないか。そして今後、技術の進歩と倫理観をどう折り合わせるのか。法律・政治・医学・技術開発が調和を取り、例えば人口減少といった社会課題にも対応する時代が来るのだろうか原作を読んだときにはそんな視点も浮かんだ。
ただ映画は、役者の演技が素晴らしく、その結果、単なる悲しく切ない物語に終わってしまうのが少し残念だった。
脳死に伴う問題は、肉体の延命と人間の尊厳のどちらが重要かを問いかけるものです。
「溺れた眠り姫」と表現される女の子について、人魚のようだと言われています。脳死の課題は、判定が下されるとそのままドナーとして臓器提供に繋がることがある点です。これを命の等価交換と捉えるのか、身近な人の命が見知らぬ受取人よりもずっと重いと感じるのか、考え方には大きな違いがあります。実際に選択を迫られたときの心の動きは、予測できません。
また、西島秀俊が演じるキャラクターが不倫をするというのが、彼のイメージと全く異なり、驚かされました。
ヒューマンミステリーの力作。東野圭吾の同名ベストセラー小説を映画化した作品です。
科学技術と脳死という倫理と医療の難題を、鋭く描きます。死の定義とは何か。最新のテクノロジーで延命を図り、表情さえ操れるとしたら、私たちはどう選ぶべきか。
子を愛する親に投げかけられる大きな問い。お子さんを持つ人々には強く響くテーマでしょう。
物語は、播磨和昌と妻・薫子の離婚の危機が背景にあり、娘の瑞穂がプールで溺れ脳死状態に。医師は回復の見込みなしと告げる。薫子は臓器提供の献体より延命を望み、和昌の会社が開発した最新技術を使い瑞穂の体を生きているかのように美しく保つ。筋肉に電気信号を送り手足を動かし、表情筋の働きで笑顔まで再現。さらには外部からの刺激や音声合成で「こんにちは」と発声させることもできる。
しかしそれらは瑞穂自身の意思ではなく、薫子の希望の表れに過ぎない。瑞穂の変化に親としての希望を見いだせるのか。
異なる視点からの感情に共鳴し、心が苦しくなった話
娘が脳死状態にある中での呼吸は維持されている。そんな中、母親が「死亡判定」が下されるのか、それとも「殺人」として責任を問われるのかを聞いた瞬間、鳥肌が立った。この問題について深く考えざるを得なかった。
篠原涼子さんをはじめ、出演者の演技はとても素晴らしかったです。
臓器移植をテーマにした描写も深く、見応えがありました。
自分は子どもが脳死状態になった場合、臓器移植を選ぶだろうと思っていますが、実際にその時が来たときには気持ちが変わるかもしれない、という気づきを得ました。
ストーリーの展開は結末まで予想通りで、ドラマとしての完成度が高いと感じました。
東野圭吾が原作の映画だけあって、ラストには原作らしい余韻が残る。誰も悪くない世界を描く物語は、プールの水難事故で脳死判定を受けた瑞穂を核に展開する。脳死と告げられ、希望を失いかけた薫子に、和昌が力づけの言葉を送る。親としての強い愛情から、瑞穂を機械のように看取り、健康な身体を保とうとする薫子の姿は、周囲には奇異に映ることもあるだろう。だが、それが親心というものだと誰もが感じるはずだ。私自身も、ずんずんがいつか目を覚ますと信じていれば、同じ選択をしていただろう。きっと、そんな親の気持ちは共感されるべきものだ。結末は、瑞穂が薫子の夢に現れて死を受け入れ、臓器提供を選ぶことに落ち着く。移植を待つ子どもたちへと各臓器が分かち合われ、心臓を受け取った少年が導くかのように薫子たちの家へと向かうが、すでに更地になっていた。その少年も、最初にボールを入れてしまった子で、瑞穂と出会っていたことを示唆している。心臓の問題を示す伏線があったのかもしれない。とにかく多くの涙を誘う場面が続くが、それは苦しさの涙ではなかった。誰もが納得できる幕引きだったと思う。
堤監督の作品だというだけで期待してしまい、最初はサスペンスやオカルト寄りなのかなと思っていました。しかし、見終わってみると生きていることの意味を深く考えさせられるドラマでした。
ネタバレを含みますが、この映画で最も強く心に残るのは、脳死状態の娘を前に母親が包丁を差し出し、『今私がこの子を刺して心臓を止めたら、私には罪が問われますか?』と問う場面です。そこから生きていることの境界線を家族と社会がどう捉えるかが描かれます。
脳死状態の娘の命を守ろうとする親の選択肢を極限まで模索する一方で、周囲はその領域を理解できず、家族にはさまざまな圧力が降りかかります。
病と向き合う人々の尊厳についても考えさせられ、最後まで胸を打たれました。特に、おばあちゃんの立場を思うと胸が苦しくなります。
思っていたよりは涙は出なかったけれど、全体的には良かったです。
絶望から希望を見出していく中で、少しずつおかしな方向に進んでしまう篠原涼子さん演じる薫子の、笑みの中に切なさと危うさが交じった表情が特に印象に残りました。
序盤の何気ないシーンが後に繋がる構成が見事でした。
ただ、なぜ人魚が登場するのか、その点だけが気になりました。
重身の児とその家族の思いや関わり方について再検討する機会となった。
2回目
同じテーマで好きな作品は、ネットフリックスの『さよならのつづき』です。
原作を読んでから観ましたが、重要な部分はしっかりと残されていて、とても素晴らしい映画でした。
一人の命を救うために、多くの人々の生活や心が犠牲にされていた。正直なところ、死が受け入れられたことに安堵を感じた人も少なくないだろう。