1977年1月27日に公開の映画「まわり道」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「まわり道」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
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まわり道のあらすじ
作家を志すがまだ迷いを抱えるドイツ人ヴィルヘルムは、自分を見つめ直す旅に出る。やがて彼は大道芸人のラエルテスや美しい女優テレーゼといった仲間と行動を共にし、自由気ままな旅を続けていく。やがて彼はテレーゼと愛し合うようになるが…
まわり道の詳細情報
「まわり道」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
| 監督 | ヴィム・ヴェンダース |
|---|---|
| 脚本家 | ペーター・ハントケ |
| 出演者 | H・C・ブレッヒ ナスターシャ・キンスキー ハンナ・シグラ ペーター・カーン リサ・クロイツァー リュディガー・フォグラー |
| カテゴリー | 映画 |
| ジャンル | ドラマ |
| 制作国 | 西ドイツ ドイツ |
| 公開日 | 1977年1月27日 |
| 上映時間 | 100分 |
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まわり道のよくある質問
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Q映画『まわり道』のあらすじはどのようなものですか?
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A
映画『まわり道』は、人生の中で様々な選択に迫られる主人公が、自分自身と向き合いながら成長していく物語です。予期せぬ出来事を通じて人間関係や自己の価値観を再確認し、新たな道を切り開く姿が描かれています。
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Q映画『まわり道』の主要キャラクターについて教えてください。
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A
映画『まわり道』の主要キャラクターは、迷いや不安を抱える主人公と彼を支える親友や家族です。彼らの複雑な人間関係がストーリーの進行と共に深まっていき、友情や家族愛の重要性が強調されます。
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Q映画『まわり道』のテーマやメッセージは何ですか?
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A
映画『まわり道』のテーマは、日常の中での選択と成長です。人生における困難や新たなチャレンジに直面する中で、自分の信じる道を見つけることの大切さを伝えています。
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Q映画『まわり道』の見どころはどこにありますか?
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A
映画『まわり道』の見どころは、主人公が様々な葛藤を乗り越えていくプロセスです。微細な感情や景色の描写、リアリティに満ちた人間ドラマが観客を惹きつけます。
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Q映画『まわり道』の制作スタッフについての情報を教えてください。
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A
映画『まわり道』は、XX監督が指揮を執り、評価の高いチームが制作を担当しています。撮影技術や音楽など、各分野のプロフェッショナルたちが集結し、作品の完成度を高めています。



まわり道の感想・評価
前年の『都会のアリス』(1974年公開)に続き、翌年に公開された『まわり道』(1975年公開)も、脚本をペーター・ハントケが手掛け、目的地にたどり着けない青年の姿を描いています。
この青年を演じるのはリュディガー・フォーグラーであり、行き先のないロードムービーであることからも、2作品は双生児的な印象を与えます。
また、本作はナスターシャ・キンスキーのデビュー作であり、後に『パリ、テキサス』(1984年)や『ベルリン・天使の詩』(1987年)で見られるほどの美しさに至る、ヴィム・ヴェンダース、ペーター・ハントケ、ナスターシャ・キンスキーというトリオの始まりでもあります。
一方で、ナスターシャ・キンスキーが持つ美しさを得ながらも、彼女がジャン=リュック・ゴダールのミューズであるアンナ・カリーナのようにはならなかった点が興味深いです。
このことは単に女優の問題とは言えず、監督のアプローチに何かを示唆しているように思います。この後すぐに登場する『アメリカの友人』(1977年)からも、ヴィム・ヴェンダースの放浪性や空虚さは、男女の違いでは満たされない何かがあると感じさせます。
まさにその姿は、『パリ、テキサス』のトラヴィスを彷彿とさせます。
西ドイツ
まるで村上春樹の初期作品を読んでいるような感覚だった。無口で神秘的な少女、暗い過去を抱えた老人。そして、主人公に好意を寄せる美しい女優、自虐的な詩を詠む男(羊男だ!)。5人の冒険物語に発展していくことを期待しながらも、それが実現しないことは十分理解していた。自己発見の旅に正解の道など存在しない。
作家の放浪記
死生観をにじませるヴェンダースの視点を追う
空撮オープニングから始まり、椎名林檎の正拳突きとともに映像は強い印象を刻む。ヴェンダースらしさとは一線を画す、直接的な表現が比較的多い本作。
歩き口調の語りで進む崖沿いのロケーションは神がかっており、緊迫感も凄まじい。「殺意を持ったことはある?僕はあるよ。特に子どもの頃は人を殺したかった。今、それが甦った」「殺すときは凶器なんか使わず、手だけでやりたい」
旅が中止された夕方、窓の外に広がる風景が美しすぎて言葉を失いそうになると、「僕は鈍い方だからあまり同情もしないが、コンクリートジャングルは僕の目にも悲惨と映った」と。田舎者の自分が恥ずかしくなる瞬間。
エスカレーターに座る一コマ。
「僕は無意味なまわり道ばかりしているようだ」と締めくくる。ヴェンダースは『ことの次第』で、人生は旅だと提唱した。人生の意味を探してばかりいれば生きられないのだ。
爪は一週間ごとに切るものなのだろうか。外国人は爪が伸びるのが早いのか。
「作家になろうと思ったら、憂鬱と不安感は忘れない方がいいの」
夢のような突拍子のなさと異様さ、現実じゃない空気がずっと漂い、それがそのまま日常として丸め込まれながら旅の話が進んでいく。物心ついた頃にある感覚が異様なのにお構いなしで人生が進んでいく様子は、この映画を観て感じる感覚と重なる。胡蝶の夢というよりは、もっと暗く苦しく醜い感情だった。冒頭の不協和音は作中で何度も鳴り響くが、不安定さが苦しいままでもよい。ズレた言動を繰り返す登場人物たちの異物感は、世界へ対しても世界から自分へ対しても抱いていた感覚を露わにする。全員閉ざされた感覚を共有しており、出会っても噛み合わず、別れつづける。無理やり気持ちよく結ばれることのない迷いのまま、どこにも着地しない意味のない寄り道。『僕は憂鬱を手離したくない』『殺意を持ったことある? 私はある。特に子供の頃、すごく人を殺したかった。今それが蘇った。殺す時は狂気を使わず、手だけでやりたい』。『僕はよく宙を見つめている。自分に気づくことがある。そういう時は目をつぶると、初めて目の前に何があったのかがわかるのだ』。
仲間が次々と増えていく行き当たりばったりのロードムービーは非常に楽しめた。途中の展開の転調も絶妙で、さらにハンナ・シグラの演技が素晴らしかった
陽気な孤独にすっかり馴染んだ僕たちは、孤独のパラドックスを抱えながら、いま何処へ向かっているのだろうか。
作家志望の男が放浪する話。
旅先で仲間は次々增え、まるでRPGのパーティのよう。
モノローグと会話を多用して文学性を追求する点は悪くないのだけれど、セリフや状況が刺さる瞬間がなく、NFM感が強い。
それでも、じいさんに詰め寄る場面だけは一際面白かった。
書籍の紹介で、ヴェンダース監督の作品の一つとして “都会のアリス” が取り上げられていました。同じくロードムービーの要素を持ち、最近さまざまな場所を旅する中で生まれる人との縁について関心を持ちましたが、感情移入が難しい部分もあります。また、音楽は独特な雰囲気を醸し出しているものの、微妙に不気味さがあり、少し「世にも奇妙な物語」のような印象も受けるため、好みが分かれそうな作品です。#2025鑑賞124
ナスターシャ・キンスキーのデビュー作『パリ、テキサス』。この若い女優の存在感だけで凄いと感じられる作品だが、なぜか私には刺さらなかったお気に入りの監督の作品だからこそ、もう一度観直して確かめたい。
長時間、目的もなく一人旅をする映画
主人公の成長は見られないかもしれませんが、この旅が後に必要だったと感じることでしょう。まさに「まわり道」です。
「孤独は実在ではなく、外から見て作り出された言葉に過ぎない・・・」
確かに、一人でいるときには孤独を感じず、むしろ自然の変化や光に感動すら覚えます。しかし、それを客観的に見ると孤独を感じることになります。例えば、学生生活では集団に強制されるため、孤独を恐れる傾向があります。早く社会から離れた自分があまり孤独を感じないのは、そのためかもしれません。この考え方は的を射ていて興味深いです。
完全に他人の話のように感じた。この映画は私の人生とは異なるもので、共感することができなかった。
急いで生きる中で、時には遠回りも必要だということを再認識しました。
作家志望なら、憂鬱と不安を手放さないほうがいいそんな指摘は、創作の現場では案外リアルな真実として響く。子どもの頃にこの話題を見ていたら、初恋はきっとナスターシャ・キンスキーだったはずだ。孤独を恐れる人、受け入れる人、あるいは受け入れきれずに葛藤する人誰もが孤独と向き合い方が違う。とはいえ「孤独をどう扱うか」という点について、ドイツと日本の精神風土には不思議なくらい共通点がある気がする。
ヴェンダースの作品には、孤独を高い視点から見下ろすような視座が色濃く表れる。今作の主人公である作家が街や湖、高い山を見下ろす場面が多いのは、監督自身を投影しているのではないかという仮説を立て、関連するインタビューや発言を探ってみた。
孤独に関する言及は多くないものの、いくつかの示唆を拾える。『孤独は恵みの状態になりうる』という考え、そして『一人でいる方法を知っている者だけが、他者と一緒にいる方法も知っている』という私の持論。これらから、彼は自らの孤独を作品を通じて肯定しており、作家としての姿勢には非常に共鳴を覚える。
またヴェンダースは、孤独(solitude)と孤立(isolation)の違いを明確に区別している。前者は恵みの状態になり得るが、後者はアイデンティティの崩壊や危機を招くと語る。『Isolation』という楽曲で知られるJoy Divisionのボーカル、イアン・カーティスの自死は、この話と重ねると腑に落ちる部分がある。
ここまで来ると、個人的な蛇足に寄りたくなるのも自然だ。私にはドイツと日本のクォーターである叔父がいた。その写真の裏にペンで書かれた『嗚呼母上よ、何故あなたは私を愛してくれないのでしょう』という一文は、子どもの頃に衝撃を受けて以来、今も頭を離れない。今回の考察を進める中で、『孤独エリート』と呼ばれる遺伝的血筋の影を、妙に納得してしまう自分にも気づいたとはいえ、結局のところ全く関係のない話だ。
パーフェクトデイズの監督だったのか! 少しずつ仲間が増えて、まるでドラクエの冒険みたいだ。遠回りに思える道のりも、一生忘れられない旅となったはず。結局、人生はいつも回り道のようだと感じることが多いけれど、逆に人生に回り道は本当にないのかもしれない。そう思う。
原作がゲーテだと知った後に観たが、非常に難解だと感じた。終始、鬱屈した雰囲気や孤独感が漂っていて、当時のドイツ社会が反映されているという点には納得がいった。
ナスターシャ・キンスキーがこの作品でデビューしたという事実には驚かされる。彼女の存在感は圧倒的で、13歳とは信じられないほどだ。
これまでに観たことがないタイプのヴィム・ヴェンダース作品だった。随所に不穏な音楽が流れ、緊張感が漂う。
初めて観るタイプのヴィム・ヴェンダース作品だった。場面のあちこちで不穏な音楽が流れ、空気が張り詰める。
これまでとは違うタイプのヴィム・ヴェンダース作品だった。ところどころで不穏な音楽が鳴り、全体に沈黙と緊張が支配する。
初見のタイプのヴィム・ヴェンダース作品で、所々に不穏な音楽が流れていた。
「他人の言葉にはいつも違和感を覚える」
作家を目指すが、他人を嫌い、何を書けばいいのかわからない男は、故郷を捨てて旅に出る。美しい大道芸人の娘、その祖父とされる元ナチス将校、技量の乏しい詩人、舞台俳優だった元恋人、そして妻を亡くした自殺願望を抱える男といった、道中で出会う人々それぞれが心に特別なものを抱えた仲間となり、旅を続けていく。
嚙み合わない会話は回り道をするように交わされ、深い絆が生まれることもなく、ただ旅は続いていく。朝の夢の話や子供時代の思い出、未来への展望その内容は核心を外れ、旅が終わればすぐに忘れ去られる空虚さに満ちていて、誰の心にも響かないまま消費されてしまう。彼らにとって、旅を続けることが唯一の目的なのである。
風景や被写体を気ままに捉えるカメラは、まるで旅の仲間のように振る舞い、むしろ主役を務めている。この目的を欠いた、ただの人生からの逃避旅において、カメラが主役となるのはおそらく自然な流れなのだ。