ケイコ 目を澄ませてはどこで見れる?今すぐ視聴できる動画配信サービスを紹介!

4.4
ケイコ 目を澄ませて 映画

2022年12月16日に公開の映画「ケイコ 目を澄ませて」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ケイコ 目を澄ませて」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。

ケイコ 目を澄ませてが視聴できる動画配信サービス

現在「ケイコ 目を澄ませて」を視聴できる動画配信サービスを調査して一覧にまとめました。以下のVODサービスで「ケイコ 目を澄ませて」が配信中です。

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最終更新日

ケイコ 目を澄ませてのあらすじ

嘘が言えず、愛想笑いも苦手なケイコは、生まれつき聴覚障害を抱えており、両耳ともに聞こえない。再開発が進む下町の一角に位置する小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ね、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。母からは「いつまで続けるつもりなの?」と心配され、言葉にできない思いが心の中に積もっていく。「一度、お休みしたいです」と会長宛てに書いた手紙を出せずにいたある日、ジムが閉鎖されることを知らされ、ケイコの心に変化が生まれる――。

ケイコ 目を澄ませての詳細情報

「ケイコ 目を澄ませて」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。

監督
脚本家
出演者
カテゴリー
制作国 日本
公開日 2022年12月16日
上映時間 99分

ケイコ 目を澄ませての公式PVや予告編動画

「ケイコ 目を澄ませて」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。

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ケイコ 目を澄ませてを無料で見る方法は?

「ケイコ 目を澄ませて」を視聴するなら、「U-NEXT」「Prime Video」「Lemino」などの無料トライアル期間を活用するのがおすすめです。

「Dailymotion」「Pandora」「9tsu」「Torrent」などの動画共有サイトで無料視聴するのは避けましょう。これらのサイトには、著作権者の許可なく違法にアップロードされた動画が多く存在し、利用者側も処罰の対象となる可能性があります。

ケイコ 目を澄ませてのよくある質問

Q
映画『ケイコ 目を澄ませて』はどのようなあらすじですか?
A

生まれつき両耳が聞こえないケイコが、再開発の進む街にある小さなボクシングジムで練習を重ね、プロボクサーとしてリングに立つ姿を描きます。ジムの閉鎖をきっかけに、ボクシングを続ける意味や自分の生き方と向き合っていく物語です。

Q
映画『ケイコ 目を澄ませて』で描かれるケイコと会長の関係性の魅力は何ですか?
A

ケイコとジムの会長は、言葉を多く交わさなくても、ボクシングや日々の振る舞いを通して互いを理解し合っています。会長はケイコの実直さを認めて見守る存在であり、ケイコにとっては安心して自分の気持ちを向けられる大切な人物です。

Q
映画『ケイコ 目を澄ませて』は音や映像をどのように生かしていますか?
A

音が聞こえないケイコの世界を、単に音を減らすのではなく、視線や身体の動き、街の光、ボクシングの打撃音などによって表現しています。三宅唱監督は16ミリフィルムの質感も生かし、ケイコの心の揺れや周囲との距離感を繊細に映し出しています。

Q
映画『ケイコ 目を澄ませて』のモデルや原案はありますか?
A

本作は、聴覚障害がありながらプロボクサーとして活動した小笠原恵子さんの自伝『負けないで!』に着想を得ています。ただし、映画は実在の人物の伝記をそのまま映像化したものではなく、三宅唱監督が新たに作り上げたフィクションです。

Q
映画『ケイコ 目を澄ませて』が高く評価された理由は何ですか?
A

岸井ゆきのは、声を発することなく表情や身体の動きで、ケイコの不安、怒り、喜びを表現しています。ボクシング映画としての緊張感に加え、障害を特別視するのではなく、一人の女性が迷いながら生き方を選ぶ姿を丁寧に描いた点が評価されています。

ケイコ 目を澄ませての感想・評価

  1. こっちゃん こっちゃん

    どんな感情に触れたのかはよく分からないけれど、心に深く残り、不思議と穏やかな余韻が広がる。しばらく見返してしまいそうな、謎めいた作品。系統はだいぶ違うけれど、ミッドナイトスワンを思い出させる。

  2. ぽん ぽん

    うーーーーん、少し期待はずれの映画だった。冒頭の縄跳びで鞭打つシーンや、リングを揺らす紐を手前から映したカッコいいショットには惹かれたけれど、次第に内容が薄れてつまらなくなっていった。
    主人公が聴覚障害を持ち、発話も難しいため、彼の心情を掴むのが難しいという設定は面白かった。日記を通じて彼の考えが明らかになる描写は良かったと思う。結局、ケイコはボクシングに対する情熱が消えてしまったわけではなく、耳が聞こえないことで周囲に迷惑をかけたくないという理由から距離を置くが、もう少し聴覚のハンデや直接的な苦悩の描写があったら、より感情移入できたかもしれない。この映画を観ていると、表面上は耳が聞こえなくても普通にやっていけそうに感じるのが逆に、ケイコの心情を深く掴むことができずモヤモヤした。

  3. 茶漬彦 茶漬彦

    様々な音が響いているが、ケイコの感覚や視点を信じたかった。

  4. 千尋 千尋

    これはすごい。映像とは、点滅する直線運動が連なるものだと、改めて感じさせられる。とりわけ岸井ゆきのの動きは、顔が生と死の連綿を描き、ドラマティックさを帯びている。そのためカメラが見つめ続ける価値が生まれる。これこそ映像の奇跡だ。

  5. プリンス プリンス

    悲劇的な演出が控えめで、ケイコの日常がしっかりと描かれている点が良かった。

  6. 関西風

    三宅監督の最新作は、基本的に「映画的」と呼べる照明や画面の奥行き、運動の切り取り方を活かしている一方で、嗜好による理想の構図を外部の人に負担をかける形で選択していない印象が強い。特にカメラ位置の扱いにその傾向が顕著だ。

    ショットの連結や構図を見れば、ひとつひとつのアクションを丁寧に重ねていることは伝わるが、映像がアクションに引き寄せられるような印象は薄い。基本はひとつの空間をひとつのショットで完結させる覚悟があり、その中で生まれる些細な動作を編集で重視している。

    カッティングについて
    カットを割ることは別の映画的空間へ移行するしるしになる場面もあるが、単なるクローズアップのためのもので、その都度空間が変容するわけではないケースもある。距離の伸び縮みを含む1ショット内の構造から、そこから部分的に拡大するクローズアップへ切り替えることで、シーケンスを冗長にしない作り。したがって本作のショットは、情報処理や時間経過を示すキーとなる場面を優先する装置として機能し、作り手の嗜好だけで必要だとされるショットを無理に挿入しない。

    ただし本作のカッティングが感情と無縁かといえば決してそうではなく、役者(特にケイコ)に引き寄せられる印象は強い。フレーミングの意味で言えば、『目を澄ませて』というタイトルに反して映画はケイコの目線やその先を一空間として捉えることは少なく、岸井ゆきのの身体とケイコ自身の意識によって切り取られる空間の範囲が、観客にはっきりと感じられる気がする(視線と意識は別問題だが、遠くを見ていても意識は“ここ”にいる自分が絡んでくるため、そのバランスで意識の範囲は変わってくるのだろう)。

    全編というわけではないが、ケイコ自身の意識によって空間が流れているような印象を強く受ける場面が多く、シークエンスによってはクローズアップがケイコの表層を越え、内面へと迫ろうとする危うさを含んでいる部分もある。

    また、情報処理という観点でも、本作は物語上のキーポイントを役者の些細な所作や表情が担う箇所が非常に多い。その“感情”を重んじる瞬間は、作り手が主観に流れすぎず、しかし人間的な推し量が必要とされる難しい選択を要求される場面でもある。だが三宅はトニスコのように、多くの場面で客観を保ちながら「身体の感情」と呼べるものを拾い上げ、それを「空間」のルールに沿わせて押し付けがまさとは無縁の簡潔さに落とし込んでいる。(写真の場面や赤キャップは、トニスコへのリスペクトであろう)その徹底ぶりが、三宅の役者への信頼をより一層強く感じさせ、本作を感動へと導く要因になっている。

    音について
    しかし三宅の根底にはやはり“外部”への意識がある。音は空間を広げたり狭めたり、空間を接続する役割を果たす。冒頭の暗闇を照らし新たな世界を誕生させる街灯の光の場面など、音の重なりによって徐々に空間が立ち上がっていくさまは、この映画の“外部”を導き出す核心だ。音によって接続されるクローズアップやフルショットなど、さまざまな形のショットのリズムが物語を作り出す。そうした意味で本作は真の意味での音楽映画と言える。

    言葉を発しないシークエンスも多いからか、言葉が明確に登場する場面はむしろ異質で、特に感動的だ。言葉一つ一つの重みだけでなく、言葉を絞り出す過程まで映されている。
    日記をケイコの声で読み上げなかったのは、ケイコという人間を文字で規定してしまわない素晴らしい選択だったように思う。ケイコの声は言葉に規定されない純粋な音であり、力強い音楽として生命の輝きを放つ。

    本作をより感動的にするのはエンドロール。これまでケイコ主体に創られてきた世界の背後で、私たちが生きる“外部”の世界を静かで繊細に映し出していく。その境界の描写は過剰にならず、むしろ創作の範疇を超えない範囲で綴られていく。とはいえ三宅の視線はその範囲を超えそうな緊張を常に孕んでおり、外部は決して安全でも美しいだけでもないという真実を映し出す。ケイコは周囲から支えられている一方で、怒りや無関心といった暴力にもさらされるのだ。

    ただ、そこへ至るまで約90分のドラマは未知なる外部さえも肯定する方向へと進み、エンドロールの一連のショットは作品の希望に満ちた優しさと温かさをより際立たせる。こんな言い方をしてよいのか分からないが、この世界にはそれぞれの命を懸命に生きる人々が存在し、私たちも同様にこの世界で生きる価値があると無条件に肯定させる力がある。強い温かさに、観賞中何度も涙がこぼれた。

    イニャリトゥが「人は失ったもので形成される。人生は失うことの連続だ。失うことでなりたかった自分になるのではなく、本当の自分になれるのだ」という言葉を残しているように、本作に映し出される世界や登場人物も、何かを失いつつあるべき姿へと向かっていったのだろう。
    2022年の公開時にはパンデミックの影響が色濃かったが、4年が経った今でも人々は同じ空洞を抱えながら生きているのだろうか。何もかも上手くいかず、思い通りにならず、描きたい人生を送れないとしても、その喪失感だけが全てではないと、本作は教えてくれる。耳が聴こえないというハンデを抱えながらも懸命にボクシングに打ち込み、試合に負けてもまた走り出すケイコや、力のない手で必死に車椅子を動かす笹木の姿は、この世界には真の「当事者」などいないと示すのではなく、人々がさまざまな側面を抱えながらその瞬間瞬間を自分なりに生きていることを示している。

    生きていれば、時には人生に心底打ちひしがれることも、あるいはこの上ない希望を抱くこともあるだろう。だが生きるということは、多くの人にとってその二つが揺れ動く複雑な時間をやり過ごすための戦いでもある。映画はその複雑な時間を表現し、そこに希望を宿す力を持つ。そんな純粋な映画の底力を、久々に目の当たりにした。

  7. へっぽこライダー

    音楽がない情景では、靴と床の擦れる音、スパーリングの軽快な響き、縄跳びが床を打つ音だけが響く。どれも心地よい音の連なりだが、その音の世界はケイコには理解できないのかもしれない。三浦友和は本当に良い俳優さんだ。

  8. ズワイガニ

    炎上喫煙所から来た者です。映画は縄跳びで始まり、縄跳びで終わる。何かに打ち込めるって、やっぱり素敵だよね。

  9. 小さな森

    ミット打ちの音響が良い場面で、ケイコはこの音を耳で聴くことなく試合を進めているのだと、改めて痛感させられる。聴覚障害のせいで、ボクシングの最中は耳を澄ますのではなく、彼女は視線を研ぎ澄ませている。

    最後の場面、会長と一緒に鏡の前で練習しているときのケイコの和らいだ表情に、私の心も動かされた。ずっと険しい表情か無表情のようだった彼女が心を開く姿は愛おしく、ジム閉鎖の知らせ以降の泣きたいくらいの哀しい表情さえ美しく映った。

    ラストの景色を見ると、日本のどこかで必死に生きる人の季節の生き様を、ミクロな視点で垣間見たようで胸がじんと熱くなる。

    とはいえ、この映画が他の人ほど刺さらなかったという評価もあり、淡々としたストーリーの中に情熱を見いだせなかったという感想もあった。

  10. 読書の虫 読書の虫

    現在はただの経過に過ぎず、それが常に画面に示されている。時間や場所を消費する横線が散見された。画面を横切る電車や車、自転車が印象的だ。
    ケイコの日記を会長の妻が読む場面では、最初に声がナレーションとして捉えられるが、日記の内容と共に過ぎ去った日常が映し出される。その後、妻が会長に日記を読み聞かせるシーンに切り替わった時、初めてそれが未来の音声だと気づく演出が素晴らしい。シームレスに過去から現在への移行も見事だ。
    反射する自分を映す鏡とボクシングの試合が同様に扱われているように思えた。鏡には自分が何度も映るが、ボクシングの試合では、相手が主役として映ることが少なく、最後のシーンで試合相手がしっかりと映ることで映画が終わる。聴覚のない主人公とは対照的に見えた対戦相手もまた、主人公と同様に顔に傷を持ち、対照的な存在として現れる。劇中の物理的なモチーフが、最後には主題やテーマとして明らかになるのは心地よい。