たかが世界の終わりはどこで見れる?今すぐ視聴できる動画配信サービスを紹介!

4.0
たかが世界の終わり 映画

2017年2月11日に公開の映画「たかが世界の終わり」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「たかが世界の終わり」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。

たかが世界の終わりが視聴できる動画配信サービス

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最終更新日

たかが世界の終わりのあらすじ

12年ぶりに故郷へ戻ってきた人気劇作家ルイは、死を意識させる決意を抱え家族へ心の内を伝える瞬間を待つ。母マルティーヌ(ナタリー・バイ)は彼の好きな料理を用意し、幼い頃別れてしまった兄のことを覚えていない妹シュザンヌ(レア・セドゥ)は慣れないおしゃれをして待ちわびる。浮き足立つ二人とは対照的に、兄アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)は素っ気なく迎え、彼の妻カトリーヌ(マリオン・コティヤール)はルイと初対面。前菜・メインと続く緊張の食卓の会話の中で、ルイはデザートに向けて自らの告白を決意する。だが、兄の鋭い一言を機に、それぞれが長い間隠してきた感情が次第にあふれ出し、思いもよらぬ関係性が露わになる。

たかが世界の終わりの詳細情報

「たかが世界の終わり」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。

監督
脚本家
出演者
カテゴリー
ジャンル
制作国 フランス カナダ
公開日 2017年2月11日
上映時間 99分

たかが世界の終わりの公式PVや予告編動画

「たかが世界の終わり」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。

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たかが世界の終わりを無料で見る方法は?

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たかが世界の終わりのよくある質問

Q
映画『たかが世界の終わり』のあらすじはどのようなものですか?
A

映画『たかが世界の終わり』は、余命わずかな劇作家が12年ぶりに故郷へ戻り、家族に死を告げる日を描いています。再会を通じて彼は、家族の愛や緊張、秘められた感情と向き合うことになります。クザン家の複雑な内面が浮き彫りにされます。

Q
『たかが世界の終わり』の監督は誰ですか?
A

『たかが世界の終わり』の監督はグザヴィエ・ドランです。彼は繊細な演出と美しい映像美で知られ、多くの映画ファンから支持を受けています。

Q
『たかが世界の終わり』の主要キャストは誰ですか?
A

『たかが世界の終わり』には、ギャスパー・ウリエルがルイ役で出演し、ナタリー・バイ、レア・セドゥー、マリオン・コティヤール、ヴァンサン・カッセルといった実力派俳優が共演しています。彼らの圧巻の演技が見どころです。

Q
映画『たかが世界の終わり』のテーマは何ですか?
A

『たかが世界の終わり』のテーマは、家族の絆とその複雑性です。ルイの死という重い知らせに対する家族の反応を通して、愛や不安、葛藤が描かれています。言葉では伝えきれない感情のもどかしさも表現されています。

Q
『たかが世界の終わり』の原作はどのような作品ですか?
A

『たかが世界の終わり』の原作は、ジャン=リュック・ラガルスの戯曲です。この戯曲は舞台を中心に展開され、家族の対立や和解を緻密に描いた物語として高く評価されています。

たかが世界の終わりの感想のAI要約

「たかが世界の終わり」は、家族の再会を描いた物語で、主人公が12年ぶりに故郷に戻り、家族との複雑な関係性を探ります。冒頭の映像は深い感情を呼び起こし、聴覚、触覚、視覚を刺激します。家族のやりとりはぎこちなくも真摯で、特に兄と主人公の間にある無言のコミュニケーションが印象的です。しかし、伝えたいことは明確にならず、観客は戸惑います。全体的に著名な劇作家としてのルイの葛藤が描かれ、彼の過去が暗示されることでストーリーに深みを与えています。映像美や演技も評価される一方で、感情の高まりに乏しい点が物足りなさを感じさせる部分もあり、そのバランスが作品の印象を左右しています。家族の絆や愛が曖昧な形で描かれ、観る者に様々な考察を促す映画です。

たかが世界の終わりの感想・評価

  1. ゆぴ ゆぴ

    家族全体にかなりのクセがあったが、特にルイは自己中心的だと感じた。12年間も家を離れていたため、兄アントワーヌの怒りは理解できる。ただし、彼の怒りは行き過ぎではあった。また、アントワーヌがあまりにも老け込んでいたため、最初は父親だと思ってしまった。結局、ルイは家族に死期が迫っていることを伝えられずに帰ることになった。時計から現れた幻影の鳥が、一度外に出て再び戻ってきたのはルイの象徴なのだろうか。最後に床に倒れ込むのは、タイムリミットが来たことを示しており、ルイがこれから家族と理解し合うチャンスを失ったという解釈ができるが、はっきりとは分からない。全体的に難解で感情移入しづらかったが、光の使い方や陰影には好感を持った。

  2. にゃむ

    「もったいぶった話には空虚な言葉が付きまとう。こちらは訳が分からなくなる。」これは、結構いろんなフランス映画で見かける場面だ。殴りかかろうとする兄を見て、奥さんが反射的に頬を抑える。しかし、DVを受けているのだろうか。

  3. はるか はるか

    映画の魅力は、全体を通した感動とは異なり、何気ない一シーンや一カットに強く惹かれることにある。一方で、監督の身体性が心に残る作品も少なくないと感じている。

    それを作風と呼ぶこともできるが、もっと根本的な手触りやまなざし、呼吸の感覚に近い。グザヴィエ・ドランの場合、『わたしはロランス』(2012年)に見られる通り、「ecce homo」(ラテン語:エッケ・ホモ、見よこの人)は特に青年期に特有の自意識であり、ルイ=フェルディナン・セリーヌのように、過激さを日常の中でさらけ出す感覚があるように思う。

    僕がグザヴィエ・ドランの作品に触れたのは本作が初めてで、観た瞬間、若さを感じたのを鮮明に覚えている。20代の頃、僕もこの空気の中に生きていた。輝きやしなやかさを特別に感じることなく、吸い込む息は常に薄く、痛みを孕んでいた。

    どの監督にも固有の感覚があるものの、それは監督論として語れるし、論理に収められる部分もあるとは思う。しかし、『たかが世界の終わり』を観た際には、論理を超えた肌合いを感じた。文体や音色に近いものとも言えるかもしれない。

    後に『わたしはロランス』を観ることで、その源泉が何であったのかを理解できた経緯がある。

    その感覚はストーリーや演技、カメラワークからではなく、もっと根本的な皮膚感覚や呼吸に近い。本作を観終わった時、オープニングの歌詞のような明確なメッセージ性は全く感じなかった。そして、ドランの作品をいくつか観るうちに、社会的マイノリティを扱っていても、描かれるのはそれだけではないという確信を深めていった。

    本作も家族を描いているが、実際に目指しているのは家族そのものではない。カメラが持つ被写界深度そのものを見つめる感覚がある。

    見えていること/見えないこと、
    聞こえていること/聞こえないこと、
    触れられるもの/触れられないもの、
    描けること/描けないこと。

    その距離感自体が作品を成している。優れた才能は、自らの臨界点を誠実に表出することもあり、グザヴィエ・ドランの若さゆえの臨界点が確実に捉えられている。

    また、映し出されたものそのものではなく、映し出そうとする意志や振る舞いの奥にある影絵のような部分がある。その影絵の中の息吹は、特定の色ではなく、ただ純粋に鮮やかであろうとしている。

    この青年の作品は、すべてこの呼吸によって作られていると言っても良いだろう。それが、これほどまでに魅了される理由なのだ。

    カナダ

  4. 石田彰

    グザヴィエ・ドラン監督『たかが世界の終わり』(2016)

    家族から離れ、再び家族と向き合う

    家族という共同体からの疎外は、「他所者」という感覚を生み出す。ほんの「3言」しか返せない気まずさを埋めるための会話は空回りし、理性を介さない言葉の選択を通じて、再び家族という原点に辿り着くことが可能となる。

    運転席と助手席に座る二者の1対1の関係性で、これほどの言葉の暴力が発揮される構図は、やはり映画でしか見ることができないと感じた。誰が二者間の言葉の暴力を暴き、真実に近づくのか。集団と個人の「会話」の強度の違いに敏感になる瞬間がある。

    Xavier Dolan’s “It’s Just the End of the World” (2016)

    Away from family, facing them again –

    Separation from the familial community engenders a feeling of “outsiderhood.” Conversations meant to bridge the gaps where “three-word replies” are all but unavoidable continue to miss their mark. It is only through the irrational choices of words that one can reconnect with the family origins.

    The dynamic between the driver and passenger, where such verbal violence can emerge, is a scene that felt uniquely cinematic. Who will bring to light the verbal aggression between the two? Who will get closer to the truth? The disparity in intensity between the collective and individual “conversation” becomes apparent.

  5. 彩場翔人 彩場翔人

    家は救いの港にはなれない

    大事な話ほど、ここぞという瞬間を探してしまうけれど、実はそんな瞬間は訪れないのかもしれない。

    鳩時計の演出は、なかなかいい。

    居心地の良い不幸より、幸福を選べ

  6. ホロホロ ホロホロ

    冒頭の字幕が過去形であるため、主人公が死の淵から一人で回想しているのかと感じた。暗闇の中から耳が見え、音が響き渡り、聴覚が刺激される。背後の席の子供が身体を触ってくることで触覚も働き、目を触れてくることで視覚が開かれる。この世界に初めて生まれたかのような感覚が広がる。次にタクシーに乗り、実家へ向かう車窓からの風景と、サラダを作る家族の手元のクロスカッティングが映し出される。生まれてからの主人公を取り囲む他者の反応が垣間見える。途中には恋愛やセックスを思わせるシーンがあり、それが食事を作る描写に重なる。主人公が玄関に入る際の家族の反応や立ち位置、角度が興味深い。様々な方向から交わされる会話の中で、兄の嫁との視線を使った無言のコミュニケーションが行われ、戯曲を基にした会話劇とは異なる層の複雑さを呈している。主人公が12年ぶりに実家に帰ってきた理由は、家族に何かを伝えたいということだが、その内容や伝えられた時の影響、守りたいものが何かは結局は明確にはならなかった。ここから先は個人的な推測だが、お兄さんは潜在的にゲイであり、それを認められないのではないかと思った。その観点から、お嫁さんやお母さんの反応にもつながる点があると思うが、真実はつかめなかった。

  7. 岩立沙穂

    確かに、あまりハマらなかったし、退屈に感じたよ。

    選曲にも少し「うーん」と思うところがあった。俺の好きな曲が流れたのに、「ここでこれはどうなの!?」と思う瞬間があったし。

    淡々としているわけではないけれど、感情が高まるシーンもなくて。
    家族が確かに個性的だけど、笑えるほどではなく、全体的に中途半端な印象を受けてしまった。

  8. ズワイガニ

    彼のファンだからこそ、評価はどうしても甘くなりがちですが、もともとゲイであることによる疎外感や、家族に不調和をもたらすのではないかという心配から、優しい性格の彼は聡明な不器用さを抱えつつ距離を置いていたのかもしれません。
    兄もそうした振る舞いの中で何かを感じ取ったのではないでしょうか。
    映画の一つ一つの会話が、限界までの表現力を持って伝えられているような作品です。

    ヴァージニア・ウルフはもう怖くない。
    愛の狩人も。

    僕が知っている作品には、同じような緊張感を持った演出が見られます。

  9. かず かず

    初のドラン作品。内容自体は家族のトラブルに過ぎないが、前半の不穏な雰囲気と後半の緊張感は抜群だった。撮影技術はもちろん、俳優たちの演技もこの作品の魅力を引き立てている。「家族」という関係は、人によっては絆を超え、呪いになる可能性もある。一概に誰が悪いとは言えないストーリーで、ラストは非常に切なかった。

  10. 96猫 96猫

    元恋人の訃報を聞いても、ルイにはピンとこない。

    日々の嫌な空気を静かに見続ける居心地の悪さと、その反面で映し出される綺麗な映像が、なんとも疲れる。

    鳩などの意味深なモチーフが出てくるが、いまいち理解できなかったものの、何故か再び観たくなる映画だ。

  11. にわとり

    フランス映画の空気感を感じようとする私。正直、お兄ちゃんの気持ちもよく分かる。きっと強い人なんだろう。妹の私の気持ちも理解できるし、みんな自分ばかりでイライラしてしまうこともある。そんな中、お母さんは本当に強くて、深い愛に満ちている。私が理想とする母親像って、まさにそんな人なのかもしれない。これで終わりかと思っていたけれど、タイトルを戻してみるとそういうこと? だから、どういうこと?と戸惑ってしまった。

  12. 金魚埠頭

    こんな状況でも抜け出せない人がいるんだ。だからこそ、家族はすごい。家族だからこそ、こんなことになってしまうのかもしれない。

  13. 水依 水依

    「居心地の良い不幸よりも幸福を選ぼう。」

    兄はしっかり努力し、真面目に生きてきた人だと思う。十数年ぶりに帰ってきた辛気臭い弟に対して、全てを壊されそうになる気持ちも理解できる。幸福を求めず不幸そうな顔をしている人を見ると、余計にイライラしてしまうのだろう。

    弟の方も、大きな事件や殺人があったわけではないし、自身でも原因がよく分からないけれど、家族の元を離れたいと感じる辛さはよく分かる。理解されていないことへの自責の念や、「自分は愛される価値があるのか?」という疑念が、弟の中にあったのかもしれない。様々な葛藤があったはずだ。
    少なくとも、楽しい毎日を送りたいと願うことがどれほど難しいかは実感できる。

    母と妹は、そんな状態にある大切な弟をただ愛するしかなく、それもまたつらい。

    家族とは、愛という曖昧なもので辛うじて形を保つ、緩やかな絆なのだと思う。もどかしさを感じる。
    程度の差こそあれ、どの家庭にも起こり得る「あるある」の話かもしれない。

    急に長文で語りたくなるような映画だった。

  14. 日野優太 日野優太

    日本映画としては『歩いても歩いても』を連想させる、捉えづらさのある作品だ。

    久々の家族の再会。ところが会話はぎこちなく、フランス的な標準的な家族のやり取りがよく分からない私には、この映画が伝えきれないイライラ感の程度を測りかねた。ただ、兄のコミュニケーションの取り方は明らかにマズい。友達がいるのかと疑ってしまうほどだ。妹は年齢が離れていることもあって、憧れの兄として接しているように見える。母親像は世界中の母と同様、息子の心を完全には理解できなくても愛しているという思いは揺らがない。兄嫁が最もニュートラルな存在に映った。

    終盤、主人公が自分の死期を家族に告げようとしたとき、兄がそれを言わせまいと引き止めようとする場面には、少しだけ兄の人間味を見た気がした。しかしふたりとも不器用すぎて、結局ぐちゃぐちゃに終わってしまう。

    ラストに鳩時計から飛び出した小鳥が死ぬ場面は、何を意味する比喩なのか、いまひとつ読み取れなかった。

  15. 影造 影造

    世界の終わりを感じさせる瞬間、死が迫ることを受け入れられたらどれほど楽になるだろう。死期の近い著名な劇作家ルイが、12年ぶりに故郷の実家へ戻るが、それを家族に伝えるべきかで葛藤が生まれる。グザヴィエ・ドランの新作は相変わらずの天才ぶりを見せ、映像・セリフ・音楽・演出のすべてに完成度の高さを感じさせる。カメラは役者の表情を細部まで見逃さず、緻密で繊細な作業が光る。無口で人との距離を保つ兄アントワーヌは、突然の帰郷に対して罵声を吐く。母と年の離れた妹は喜ぶ一方、兄は罵り合いを繰り返す。ルイが話そうとしても、家族の抑え込んだ感情が噴出し、彼の言葉はなかなか出てこない。ルイがゲイであり、隣人が恋人だった過去を兄が知っていたことが、物語の核となる。兄は静かに青年の死を告げ、ルイの痛みを黙って受け止める。そんな兄だからこそ、家族の心地よさを故意に崩す理由があると気づくと涙があふれる。母も妹も、ルイの性格をよく知っている。突然の帰郷には必ずしも良い理由があるとは限らず、だからこそ誰も踏み込まないのだ。兄アントワーヌを演じるヴァンサン・カッセルの、言葉のない演技と表情は、不安と哀しみ、焦燥を言葉以上に訴え、見事だった。無口な義姉は、ルイの不安を唯一、明確に理解している。日常の中で感情をむき出しにするような場面こそが、理想の死に際を描く在り方なのかもしれない。グザヴィエ・ドランの最新作は、ホラー的要素を含むとの期待も寄せられ、怖くて美しく、哀しい体験を届けてくれそうだ。