2017年3月11日に公開の映画「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版が視聴できる動画配信サービス
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牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版のあらすじ
1960年代の台湾・台北。夜間中学に通うスーは、いつも不良グループ・小公園のモーやズルと一緒に遊んでいた。ある日、スーはミンという少女と出会う。彼女は小公園のボス、ハニーの恋人で、ハニーは対立するグループ・軍人村のボスとミンを巡って争い、相手を排除して姿を消していた。スーはミンに淡い恋心を抱くが、ハニーが突然戻ることでグループ間の争いはさらに激化し、スーたちもその渦に巻き込まれていく。
牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版の詳細情報
「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
監督 | エドワード・ヤン |
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脚本家 | エドワード・ヤン ヤン・シュンチン ヤン・ホンカー ライ・ミンタン |
出演者 | |
カテゴリー | 映画 |
ジャンル | ドラマ |
制作国 | 台湾 |
公開日 | 2017年3月11日 |
上映時間 | 236分 |
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感想・レビュー
4時間は非常に長く感じました。
日本には内省人や外省人といった概念が存在しないため、ネットでの情報だけでは理解しづらい台湾独自の問題や外省人の苦悩を感じ取ることができました。
1960年代の政治的問題やチャン・チェン親子にも興味がありますが、ストーリーが小さなギャングの揉め事に偏ってしまっていて、誰も共感できないまま終わってしまいました。
『牯嶺街少年殺人事件』は、不良グループの抗争や衝動的な過ちが、青春の瑞々しさとして描かれている作品だ。光と影を巧みに利用した緻密な構図によって、4時間という長編でも全く飽きさせない。楊德昌の名作として、その伝説にふさわしい傑作である。
本当は映画館でいつか観たいと思っていたのに、いつの間にかU-NEXTで視聴することに。結局これは傑作でした 今までピンと来なかった「カメラと被写体の距離感」という表現が、なぜか頭の中を巡るほど映像表現が素晴らしかった。撮影の距離感がずっと心に残り、リトルプレスリーが終始癒しになって、本当に最高だった。
光景
驚くほど何も感じられない理由を考える。決して悪い映画ではない。むしろ良質な作品だと思う。傑作を見終えたときの余韻は確かにある。ただ、中身は空っぽに感じられる。光景が過剰で、物語は薄いのだろうか。
相手を好きになる過程や理想を正しく持とうとするあまり、神格化してしまい、現実とのギャップに苦しむことになったのかもしれません。その隔たりが大人になってからも埋まらないのは、諦観や逃避を感じてしまうから、なんとも切ないです。小貓王が登場する時だけが心が安らぎますね、彼は本当にいい奴です。小馬も決して悪い奴ではないのに、最後に少し憎く感じさせるのが憎いです。
あ!すりガラス越しに二人が会うシーンや、演奏隊の前で叫ぶシーンがとても好きです!
最近観たけど本当に面白かった!小猫王が素晴らしすぎて感動した。小明の影響力が究極で、驚くばかり。4時間もこの映像を保ち続けるって、どうなってるんだろう?
台湾旅行の機会に腰を上げ、やっと観たエドワード・ヤンの作品。これを見ずにヤン好きだと言っていた自分が恥ずかしいと、観終えて強く思った。作品はとにかく凄まじく、4時間を超える長さでも5時間6時間と見入ってしまうはずだ。何を映すべきか、何を映さないべきかを問う、光と闇の圧倒的なコントラスト。ファムファタール的な要素を持ちつつ、社会派の視座が極限まで露わになる。その中心にはThe personal is politicalという思想が強く刻まれていた。
非常に長い作品だったが、その長さが逆に殺人事件の意味を際立たせていた。
多様な要素が描かれているが、決して散漫ではない。
青春や恋愛、ヤクザの要素、時代の表現、国家批判などが融合している。
丹念に綴られた物語は圧倒的であり、同時に非常に美しい。
映画を観るのか時代を観るのか、次第にわからなくなるほどの濃密さがある。
特に、少年の心の揺れが描かれている部分は秀逸だ。
故国を持たないという不安がじわじわと心に迫ってくる。
息詰まるような閉塞感と、ぎりぎりの緊張感、そしてあふれ出る感情が青春を痛烈に映し出している。
心に重い余韻を残す作品で、エドワード・チャンの傑作だと感じた。
いつ観るべきかとずっと悩んでいたが、結局三十歳になってからエドワード・ヤンの他の作品も順番に観ていきたい。