1999年4月17日に公開の映画「ワンダフルライフ」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ワンダフルライフ」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
ワンダフルライフが視聴できる動画配信サービス
現在「ワンダフルライフ」を視聴できる動画配信サービスを調査して一覧にまとめました。以下のVODサービスで「ワンダフルライフ」が配信中です。
最終更新日
ワンダフルライフのあらすじ
是枝裕和監督のファンタジー・ドラマ。ナント三大陸映画祭グランプリを含む多数の映画祭で賞を受賞した話題作。死者を『一番大切な思い出』の映像とともに送り出す不思議な施設を舞台に、大切な思い出とは何かを問う物語。
ワンダフルライフの詳細情報
「ワンダフルライフ」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
ワンダフルライフを無料で見る方法は?
「ワンダフルライフ」を無料で視聴するなら、「Prime Video」「Lemino」「U-NEXT」などの無料トライアル期間を活用するのがおすすめです。
「Dailymotion」「Pandora」「9tsu」「Torrent」などの動画共有サイトで無料視聴するのは避けましょう。これらのサイトには、著作権者の許可なく違法にアップロードされた動画が多く存在し、利用者側も処罰の対象となる可能性があります。
感想・レビュー
もし私が選ぶとしたら、いったい何だろう。
選べる人生を送りたいなあ、と思う。
いちばん大切な思い出は何だろう。自分でもすぐには出てこず、だからこそ日々をもっと大切に生きようと、命を燃やして生きる決意をした。 この時期から是枝監督らしい演出を感じられる場面があり、そんな演出に出会えたことが良かった。
自分の理想の走馬灯を演出してもらえるなんて、本当に素晴らしい。今はどのシーンを走馬灯に使おうか思い浮かばないけれど、たくさんの思い出で自分の人生を豊かに彩れたらいいなと思う。学校のような環境で夜遅くまで囲碁を楽しんだり、仕事に没頭したりしているシーンには静けさがあり、その瞬間に心から浸ることができた。
死者は自らが選んだ思い出を抱いて天国へ旅立つ。
死者との面接シーンでは即興的な演技やジャンプカット、ドキュメンタリータッチの手法が用いられている。このスタイルはキアロスタミの『ホームワーク』を思い起こさせる。手持ちカメラやリアルな照明を使い、実録に近い雰囲気を醸し出している。死後の世界という非現実的な設定を、ドキュメンタリーの手法で描き出すことで、記憶と記録の関係性が浮かび上がる。長編2作目にして是枝監督が目指す領域とその到達点の高さが感じられる。
本作は、瞬間瞬間を大切に生きることを説く一方で、映画制作と鑑賞についての映画でもある。映画を作ることは新たな世界を生むことであり、監督や役者、スタッフはこの世の存在ではないと言える。観客も映画を観ている間、亡霊のような存在となる。映画は、記憶の追体験を提供し、観る人の時間を拘束する。やがて映画が終わり、部屋が明るくなって観客は解放される。その瞬間は、まるで死の淵をさまよったかのようなほろ酔いの感覚が残る。映画こそ生と死の狭間に立つ芸術なのだ。
日本らしさを超え、不思議な世界観に引き込まれた。ドキュメンタリーのように会話が展開される様子が斬新で、「人間の人生とは何か?」を考えさせる余地を与えてくれる会話だった。
自分が選ぶ最高の思い出は何だろう。
これまでの人生で1番を決めるのは難しい。過去には美しい思い出も多いが、これからの人生が最も楽しいと信じて進んできた僕にとって、もし最高を選ばなければならない時が来たら、どう答えるのだろう。
一緒に考えを巡らせていた。
最も大切な思い出を選ぶのは難しいですね。
亡くなった後にこんな世界があったら面白いなと思いました。これを天国と呼んでもいいのかな。
亡き後に「一番の思い出は?」と尋ねられた時、私は何と答えるのだろう。
死後だからこそ話せる秘密を抱えている人もいて、様々な人生が交錯している様子が面白かった。
是枝裕和監督の初期作には、有名俳優が端役でずらりと出演。作品の世界観は、どこかミシェル・ゴンドリー風の趣きを感じさせる。
死後の世界で天国にひとつだけ持っていける思い出を見つけるための7日間。私が選ぶなら、彼らのような何気ない日常の一瞬を選ぶだろう。
人生は映画のようなものであり、映画はまた人生を映し出すかのようだ。
自分ならどの瞬間を選ぶだろう、あの人はどの瞬間を選ぶだろうと、素直に考えさせられた。ドキュメンタリーのような撮影スタイルと、役者たちの自然な会話に時折心を打たれる。後半になると、これは小説で表現した方が良いのではないかと思い始めた。