2018年11月9日に公開の映画「生きてるだけで、愛。」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「生きてるだけで、愛。」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
生きてるだけで、愛。が視聴できる動画配信サービス
現在「生きてるだけで、愛。」を視聴できる動画配信サービスを調査して一覧にまとめました。以下のVODサービスで「生きてるだけで、愛。」が配信中です。
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生きてるだけで、愛。のあらすじ
ただ生きているだけで、本当に疲れを感じる。うつ病による過眠症で引きこもりがちな寧子と、出版社でゴシップ記事を書き続ける津奈木は同棲中。しかし、津奈木の元カノが現れたことで、寧子は外の世界との関わりを持たざるを得なくなり、二人の関係にも変化が生まれていく……。
生きてるだけで、愛。の詳細情報
「生きてるだけで、愛。」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
生きてるだけで、愛。の公式PVや予告編動画
「生きてるだけで、愛。」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。
生きてるだけで、愛。の楽曲
「生きてるだけで、愛。」の主題歌や挿入歌、サウンドトラックを紹介します。映像だけでなく音楽からも作品の世界を感じてみましょう。
- サウンドトラック『生きてるだけで、愛。』オリジナル・サウンドトラックHiroko Sebu
生きてるだけで、愛。を見るのにおすすめの動画配信サービス
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生きてるだけで、愛。を無料で見る方法は?
「生きてるだけで、愛。」を視聴するなら、「U-NEXT」「Prime Video」などの無料トライアル期間を活用するのがおすすめです。
「Dailymotion」「Pandora」「9tsu」「Torrent」などの動画共有サイトで無料視聴するのは避けましょう。これらのサイトには、著作権者の許可なく違法にアップロードされた動画が多く存在し、利用者側も処罰の対象となる可能性があります。
生きてるだけで、愛。のよくある質問
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Q映画『生きてるだけで、愛。』のあらすじはどのようなものですか?
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A
映画『生きてるだけで、愛。』は、鬱病を抱える女性とその恋人を中心に描かれる物語です。現代社会に生きる若者たちの孤独や愛をテーマにし、互いに支え合いながらももがく姿を丁寧に描写しています。
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Q『生きてるだけで、愛。』ではどのようなキャラクターが登場しますか?
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A
『生きてるだけで、愛。』では、鬱病を抱えた主人公・透子とその恋人・慎二が主なキャラクターです。透子は日常生活もままならない状態で、慎二は彼女を支えたいと思いつつも葛藤を抱えています。
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Q映画『生きてるだけで、愛。』のテーマは何ですか?
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A
『生きてるだけで、愛。』のテーマは、現代社会における孤独と愛、そして心の病と向き合うことです。登場人物たちの葛藤を通じて、愛の多様な形や相互理解の重要性が描かれています。
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Q『生きてるだけで、愛。』の監督について教えてください。
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A
映画『生きてるだけで、愛。』の監督は、関根光才です。彼はこの作品で、繊細な人間ドラマを描き出し、登場人物たちの心情を深く掘り下げています。
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Q『生きてるだけで、愛。』の原作との違いはありますか?
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A
『生きてるだけで、愛。』は本谷有希子の小説が原作で、映画ではキャラクターの心理描写や関係性に焦点を当てつつも、視覚的な表現が加えられています。映画ならではの映像美で原作の持つ雰囲気を再現しています。



生きてるだけで、愛。の感想・評価
生きているだけで、愛という作品についての感想を先に読んで気になり、途中から後半にかけて感情が揺さぶられるシーンが多くありました。特にバイト先のカフェバーでの場面では、オーナーの奥さんが鬱について「寂しいだけでしょ」と繰り返すシーンがあり、寧子が救われたのかもしれませんが、私だったら簡単に言わないでほしいと心を閉ざしてしまうかもしれません。鬱への理解の深さが強烈で、非常に生々しく感じました。ウォシュレットに関する部分では、たとえそこまでではなくても、誰にも理解されなかったときの心のシャッターが閉まる感覚を鮮明に描写され、本当に自分の弱さと向き合わされる気持ちになりました。自分を手放せない、まさにその通りで、自分のことが嫌いで仕方がないけれど、それでも愛していくしかないと感じます。
昔から特に好きだったこの映画なのに、こんなにも長い間、レビューを書かなかった自分に驚く。救いはなく、抱えている傷が無理やり露出させられるように感じる。とはいえ、今の私はまだ耐えられるだけで、今にも暴れ出したい衝動に駆られる瞬間もある。頑張らなきゃと自分を閉じ込めているけれど、生きたくなくなるときだってある。逃げ出したい。そんなとき、寧子が素直に言葉を吐き出す姿がどうしても羨ましくてたまらない。代わりに吐き出してくれているような気がする。津奈木も同じ。体力を使わず生き延びようと、会話や振る舞いを選んでしまう。どちらもよく分かる。とにかく感情移入してしまう。未だに泣かずに観られたことは一度もない。以下、お気に入りの台詞を、記録として大事にとっておく。
「あなたの味のなさ、私にも分けてほしい。自分に振り回されてぐったりするし、でも頑張ろうと思えば躁に走ってしまう。そんでこのあと、どうせまた鬱が来るんだと考えたら、もうどうしていいか分からない。私は私とは別れられないんだよね。一生、いいなぁ。私と別れられていいなぁ。私を怒らせない一番の方法は、ただうなずいて過ごすのではなく、私と同じくらい頭を使って言葉を考え、私がエネルギーを使っているのと同じくらい振り回されろってことなんだよね。私と同じだけ私に疲れてほしいそれはやっぱり依存なのかな?」
躁鬱病を抱える女性を演じるのは趣里、同棲相手を菅田将暉が務める。主人公の生きづらさや奇行、発言の数々は病の影響が大きいが、共感できる層には強く響く描写だ。
『わたしはわたしとは別れられないんだよね、一生。』
自分の道は自分でつかむしかない。苦しくても、そうするしかない。
—–
寧子と津奈木は共依存に陥っているのだろう。現状のままでは間違いなく共倒れになる。
変わりたいのに変われないのは、無意識の内に「変わらないことを選んでいる自分」がいるせい。変わるにはエネルギーが必要だから、変わらない方が楽だと感じてしまう。
燃料が空っぽなのだろう。病気のせいで。
良かった。この映画は自分が嫌いな人におすすめです。
逆に普通の人には、見ているとイライラするだけかもしれません。イライラできた人は、そのまま胸を張って生きると良いと思います。
寧子に共感してしまいました。
自分と別れたい、別れられるのが羨ましいと言ってくれて良かった。同じ思いを抱いていたからです。
自分の嫌いな部分を好んでくれることが救いになるというのは、これまで知らなかった考え方で、目から鱗の映画でした。
カフェのトイレのシーンはとても辛かった。すごく理解できました。
寧子の見た目が特別良くないのが逆に嬉しいです。
ただ、乳首を映す必要はなかったのではないかとも思います。乳首の存在は、この映画の魅力にはあまり関係ないので、人に勧めるのが難しくなる要因かもしれませんね。自分は特に気にしませんが。
この映画を通じて、一瞬だけ共感を得られた気がします。
好みが分かれそうな作品でした。主人公の寧子(趣里)に共感できるかどうかで評価が大きく変わるかもしれません。私自身は共感できませんでした。病気の影響は理解できますが、挽肉がないことで激怒し、津奈木(菅田将暉)が疲れて話を聞いてくれないと不貞腐れる様子には、エネルギーを搾取される気がして、少々堪えました。電話だけのやり取りをする姉は心配こそするものの、実際に会いには来ない冷たい関係です。津奈木に未練のある安堂(仲里依紗)の方が、多少憎めないキャラクターとして映りました。津奈木と復縁を望んで寧子を飲食店で無理やり働かせようとする安堂の行動も、少しズレたもののように感じました。飲食店オーナーの村田(田中啓司)や妻の真紀(西田尚美)、元引きこもりの莉奈(織田梨沙)も温かい人間性を持っています。初出勤の日、貸してもらった白ブラウスに「今日からヨロシク」と書かれた付箋に心が温かくなり、思わず姉にLINEを送りました。失敗や遅刻を根気よく見守り、「家族みたいだから」と言ってくれる優しい夫婦に寧子も感謝しているでしょう。しかし、彼女にとっては、その【家族】が逆に重荷になっていたのかもしれません。次第にトイレに長居するようになり、ウォシュレットの話がきっかけでトイレを壊してしまいます。どう接すればよいのか分からず、露骨な嫌がらせや悪口を言われるよりは居心地がいいと思いますが、自分が周りを悲しませているという考えには至らないのでしょうか。今、厳しい環境にいないことや、食べたりタバコを吸ったりできる理由について考えないのか疑問に思います。生きづらい人に対し、こちらが違和感を感じつつも、やはり弱者だから気を使うところを、ストレートに言いたいことを伝えられる安堂の存在は貴重に思います。損な役回りですが、何らかの対策を講じなければ、このままでは一生変わらないことを理解しているでしょう。趣里や菅田将暉の演技は素晴らしかったものの、もし寧子役が粗野な男性だったら展開は変わっていたでしょうし、結局別れていませんし、ご都合主義の美辞麗句には少々辟易してしまいました。
趣里の子供のような抜け感に、母・蘭ちゃんとは違った方向での成長を感じました。
境界性パーソナリティ障害(BPD)については、一般の人は自分の生活で精一杯で、他者の心情を本人以上に理解したり救ったり、過度に抱え込んだりするのは難しいものです。そのため、専門家のサポートを活用するのが適切だと感じます。一方で、感覚的に分かる部分もあることから、『私は私と別れられない』という自己認識は、現実の一側面として納得できることがあります。
ラストシーンを見て、相手の顔色を窺いながら自分の本音を伝えられなかった瞬間が、何度もあったのだと痛感させられた。納得させるための言葉じゃなくていいんだと気づかされ、すごく刺さりました。
中盤までは全く共感できず、ただただ寧子にイライラしていた。
自己中心的な彼女とは早く別れた方がいいのではと思っていた。
しかしラストシーンには共感を覚えた。
自分に関わる人たちはみんな優しく、私と仲良くしてくれる。
でも、小さなことが分かり合えないだけで、全て拒絶されたと感じてしまう。
そこまで深く考えずにいられればいいのにな。
自分のネガティブな部分を改善したい、切り離したいと思うけれど、なかなかうまくはいかない。
「私は私と別れられない」
苦しい、ずっと苦しい。おそらくハッピーエンドは訪れなさそうだ。『私は私とは別れられない、一生』『津奈木は私と別れられる、いいなぁ。』このセリフがあまりにも切なくて、いつの間にか息を止めてしまった。もし対面で言われたら、一生離れられないだろう。心にずしりと響くセリフが多かった。趣里ちゃんは危険な魅力を持っているけれど、まるで毒花のように引きつけられる。幸薄い印象だけれど、どこか力強さも感じさせる顔で本当に大好き。特に全裸シーンは美しすぎて生きた芸術だ。菅田将暉との相性も素晴らしかった。また彼らが共演する映画を見てみたい!出演者も豪華だったな。
鬱のときに見たせいでうろ覚えだけど、生きるのがだるいと感じた記憶がある。
鬱のことはよく分からないけれど、主人公に腹が立つと同時に、どうしてあんな女性とずっと一緒にいるのか不思議でならなかった。でも、それは私が鬱のことをよく知らないせいだろう。
鬱の人を放っておけない気持ちは、きっと特別なものだろうし、どんな言動を取られても、その人の本当の感情を理解してあげられているのだろうか。
それでも、この作品を見ても鬱の人の感情はつかめない。いったい正解は何なのだろう。
少ない表現で人物の人間性や過去、感情を鮮やかに描いた美しい映画だった。
映画の中で寧子だけが異常者のように扱われていたが、この作品には健常者が存在しないように思えた。うつ病の人が言われたくないことを平然と言う人は、うつ側の視点から見れば異常者だ。しかし、もし寧子に共感できるなら、私もまた異常者なのかもしれない。
結局、この世界にはまともな人間がいないのだと感じさせられた。
自分を抑えきれない苦しさが切実に表現されていて、うつの最も辛いことは自己コントロールができないことだと再認識した。努力しているのに周囲から努力不足と見なされることの辛さが強く伝わってきた。
この映画を見た人の中には「人物の感情や気持ちが理解できない」という意見もある。うつ病の人の気持ちを理解する必要はない。うつが理解できるということは辛い経験をしてきた証拠だから、誰もが苦しむことなく生きてほしい。ただ、津奈木のように、うつ病の苦しさを理解できない人は、うつの人と本当に分かり合うことは難しいだろう。
鬱と過眠症に悩み、アルバイトを続けられず引きこもりがちな寧子と、彼女を守るために働けない津奈木の物語。出演は趣里と菅田将暉の映画で、間違いなく話題作です。
安易に解釈されてしまうのは避けたいし、簡単に終わらせたくもない。結局、他人にどう見られているかが気になるし、言葉の奥深さまで考え込んでしまう。結末の締め方が、最高に好きでした。
他人と向き合うということは、結局自分自身と向き合うことだ。人と分かり合うというのは、自己を理解することでもある。互いに欠けた部分を補い合い、それが直感的に引き寄せ合うのだ。頭の中の奇妙な思考のストッパーを外し、自分の感情に正直に向き合える人はなんて美しいことか。
これは素晴らしい作品です。社会に馴染めない人の心に深く刺さります。視聴層が固定化されているせいか、総合評価が低めに出ているように感じるかもしれませんが、テアトル系の作品ならではの後味の悪さが逆に胸を打ちます。菅田将暉が演じる情けない男の演技は絶妙で、強く印象に残ります。
変わりたいと思っているのに、実際にはなかなか変われないことに悩む。そんな自分が嫌になることもあるけれど、それでも強い意志を持ち、いつか変われることを信じたい。
アルバイト先の人々は素敵な人たちだからこそ、深く関わることで迷惑をかけて嫌われるのが怖いし、関係が切れてしまうことも不安だ。ちょっとした違和感を抱いた瞬間にも敏感になり、アルバイト先の人たちのことをネガティブに捉えそうになるけれど、彼らの良さを思い出すと安心する。
趣里の芝居は本当にうまい。彼女はメソッド演技を取り入れており、ステラ・アドラーのスクールにも通っているらしい。鬱や学習性無力感のような状態に陥って、何をやっても上手くいかないと感じることがある。うまくいったと思っても、一つのズレで崩れてしまうそんな気持ちは理解できた。共感しつつ見ていると自分も巻き込まれそうで、距離を置いて観察していた。受け入れてほしい、尊重してほしい、いわば寂しさの核となる感情があると分かったし、躁鬱のパートナーに時間と体力を割けるかどうか自信がないと気づいたから、菅田将暉が演じるツナキの気持ちもよく分かった。なぜ付き合っているのかは完全には理解しきれなかった。少しずつでも行動を起こすことの大切さは分かったが、それを美辞麗句で終わらせず、現実に踏み出す点がよかった。
再度の鑑賞だった。以前はそこまで強い印象を受けなかったが、今回は心を突く衝撃を感じた。寧子の精神状態が崩れそうな日常の描写は、見ているこちらにも苦しさを伝えてくる。何をやっても上手くいかず、ようやく挑戦しても、それができない自分へと嫌悪感が募っていく。いったん落ちた負のスパイラルを一人で抜け出すのは難しいと感じる。二人だけで狭い家に閉じこもる結末は、やがて虚しくなるのではないか。寧子の最後の叫びには「私の感情に、同じだけの感情をぶつけてほしかった」という言葉がある。なるほどと思う一方で、それを受け止められる人は決して強くはないのだと気づかされた。躁鬱状態からの回復には、ひとりよりも複数のサポートが欠かせない。共感は大切だろうが、時には強引に外の世界へ連れ出す場面も必要になるのかもしれない。もし自分の大切な人が双極性障害に悩んだ時、どう寄り添えばよいか。寄り添い方には正解はなく、人それぞれで、それが本当に難しい。そんな問いを投げかける作品だった。
観ていて辛かったです。
趣里さんが可愛くて大好きなのに、何の予備知識もなく観始めたらこれでした。
最初の方、コーラの蓋のエピソードがすごくイライラするし、どういうこと?と思ったけれど、なるほど鬱病の人の物語なんですね。
生きるのが大変だし、辛いですよね。
ちゃんと精神科で診察を受けて、適切なお薬を処方してもらえれば、ずいぶん楽になるのにと、現実的に考えてしまいました。
趣里さんの体当たりの演技は本当に素晴らしかったです!
菅田将暉さんも安定した演技力で、さすがでした!
感情移入は難しいが、躁鬱という病を少し体感しているような気がした。
感情のコントロールができないことは、本当に辛いだろうな自分とは切り離せないもので、一緒にいる人はとても苦労するだろう。
全体を通して印象がぼやけていた。見終わった瞬間に感じたことは、この作品が何を伝えたかったのかが私にははっきりと理解できなかったということだ。
小説を先に読んでから映画化作品を観る、躁うつ病の当事者としての感想。元気なときに観てね、という気遣いと、共依存の苦しさとそれを超えるぬくもりを同時に感じた。私と別れることができないのに、登場人物が別れを選ぶ場面を見て泣いた。小説で読んだあの場面が映画にもきちんと描かれていて、安心した。酔っていて字を追えなくても、この本を何度も読み返すほど好きだ。映像は何度も観たいとは思わなかったので、点数は少し下げた。私が逆張りオタクなだけで、友達は映画の方が好きらしいから、観てもいいかもしれない。
視聴中にとても疲れてしまう映画でした。
終わり良ければ全て良し、という印象がありました。
趣里は自然体で演じているのか、役にしっかりハマっていて迫力ある演技でした。
主役が精神的に病んでいるため、ついていくのが少し大変でしたが、他の演技派俳優たちが登場することで映画全体に引き締まりがありました。
最後の「あなたは私と別れられるけど、私は私と別れられない」という言葉は非常に刺さりました。
結果として、おすすめかどうかは難しい作品です。