1975年4月26日に公開の映画「ゴッドファーザーPART II」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ゴッドファーザーPART II」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
ゴッドファーザーPART IIが視聴できる動画配信サービス
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ゴッドファーザーPART IIのあらすじ
コルレオーネ・ファミリーは本拠地をニューヨークからラスベガス近郊のタホ湖へと移転していた。縄張りを狙うハイマン・ロスの手下、ロサト兄弟の襲撃を受け、辛うじて逃げ延びたマイケルは、偉大な父ビトーを思い起こす。ビトーは母を殺された後、難民としてアメリカに渡り、ファミリーを築き上げた…。マイアミでファミリーのボスたちとの会合を終えたマイケルは、キューバに向かい利権を狙った工作を進めるが、兄フレドーの裏切りに気づく。やがて、犯罪調査委員会の公聴会に召喚されたマイケルは、裏切り者ペンタンジェリの証言を覆して追及を逃れるが、妻ケイは次第に彼から離れていく….
ゴッドファーザーPART IIの詳細情報
「ゴッドファーザーPART II」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
| 監督 | フランシス・フォード・コッポラ |
|---|---|
| 脚本家 | フランシス・フォード・コッポラ マリオ・プーゾ |
| 出演者 |
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| カテゴリー | 映画 |
| ジャンル | アクション ギャング・マフィア ドラマ |
| 制作国 | アメリカ |
| 公開日 | 1975年4月26日 |
| 上映時間 | 200分 |
ゴッドファーザーPART IIの楽曲
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- サウンドトラックThe Godfather Part II (Original Soundtrack Recording) Various Artists
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ゴッドファーザーPART IIのよくある質問
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Q映画『ゴッドファーザーPART II』のあらすじはどのようなものですか?
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A
『ゴッドファーザーPART II』は、ヴィト・コルレオーネの若き日々と、息子マイケルが家族を守るために奮闘する姿を描いています。過去と現在が交錯するストーリーで、マイケルが権力の維持に苦闘する様子が中心です。映画全体を通して、一族の繁栄と衰退が対比されています。
-
Q『ゴッドファーザーPART II』に登場する重要なキャラクターは誰ですか?
-
A
『ゴッドファーザーPART II』では、マイケル・コルレオーネが主要なキャラクターとして描かれます。彼は家族を守るために権力を強化します。また、若き日のヴィト・コルレオーネの成長過程も描かれ、彼の過去が現在に影響を与える重要な要素となります。
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Q『ゴッドファーザーPART II』のテーマやメッセージにはどのようなものがありますか?
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A
『ゴッドファーザーPART II』は、権力と家庭の両立、そしてその裏に潜む裏切りをテーマにしています。マフィア組織を背景にしながら、家族を守ることの代償や、人間関係の複雑さが深く描かれています。権力を持つことの孤独さも重要なメッセージとして伝えられます。
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Q『ゴッドファーザーPART II』の制作スタッフや監督について教えてください。
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A
『ゴッドファーザーPART II』は、フランシス・フォード・コッポラが監督を務めました。脚本もコッポラとマリオ・プーゾによって共同執筆されており、音楽はニーノ・ロータが手掛けています。豪華な制作陣がこの作品の魅力を支えています。
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Q『ゴッドファーザーPART II』と原作の違いはありますか?
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A
『ゴッドファーザーPART II』は、マリオ・プーゾの小説『ゴッドファーザー』を基にしつつ、映画独自の部分も多く含まれています。特に、ヴィト・コルレオーネの若き日々を描く部分は、映画オリジナルのエピソードで、キャラクターの背景を深めています。



ゴッドファーザーPART IIの感想・評価
マイケル、あなたは…
みんなの悲しみ、みんなの不幸
ヴィトーは人を助け、仲間を増やすことでファミリーを守ろうとしました。一方で、マイケルは疑わしい者を徹底的に排除し、その結果、信頼できる人が自分ひとりだけになってしまいました。この対照的な行動が、本当に心苦しいです。
栄光を誇った組織の形成と衰退。これは彼らの性格やスキルの問題なのか、初代と二代目の難しさに起因するのか…
この『ゴッドファーザー』シリーズを語ろうとすると、よく「Part1は完璧、Part2は完璧」という言葉遊びで言い逃れをする人がいる。しかし、そこに潜む奥深さを見落としてはならない。Part1は山脈のような険しさと奥行きを備え、Part2は海のような広がりとさらなる深さを宿している。これほどまでのクオリティを、異なる魅力として両立させた奇跡と言える。
僕の感覚では、Part1の放つ不穏な気配に対して、Part2の魅力を解き明かす鍵は、巧妙な構成にあるのかもしれない。Part1のラストで死を迎えるドン、ヴィトー・コルレオーネの若き日をロバート・デ・ニーロが演じ、移民として特別な力を持たず生きてきた男がどうドンへと成っていくのかを描く。一方で、ドンを継ぐことになるマイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)が、以後どのようにしてファミリーを失っていくのかも並行して進む。
この二つの軸を交互に描くことで、ファミリーを守るために力を得るヴィトーと、ドンを継ぐために家族を失っていくマイケルという、強烈なアイロニーが浮かび上がる。Part2の面白さは、このアイロニーにこそ集約されるようにも思える。物語の構造としても対称性が美しく、これ以上の完成度を望む余地を感じさせない。
そのため、Part3の蛇足感は、構造的な要因と時代の息吹が欠落していることの両方が原因だと受け止めざるを得ない。公開時期は1972年(Part1)と1974年(Part2)であり、アル・パチーノはマイケル・コルレオーネその人で、デ・ニーロは若きヴィトーを演じる。圧倒的な存在感を見せたマーロン・ブランドは、ドン・コルレオーネその人だった。
Part2の広がりと素晴らしさに感動する一方で、やはり心を揺さぶるのはPart1の不思議な魅力だ。Part1の魅力もPart2のように細部まで解析できるが、分解してしまえば作品に宿る引力の質量は浮かび上がらないようにも思える。いまだ語られることの多い言葉として「パート2の良さはパート1があってこそ」という趣旨の発言があるが、ゴッドファーザーという作品にこそ、それが最もぴったり当てはまるのだろう。
そして二作を通じて巨匠となったフランシス・フォード・コッポラの偉大さは、地獄の黙示録(1979年)という試練によって一度は揺らぐ。しかし、その試練こそ、彼の父性的な偉大さを逆説的に浮かび上がらせたようにも感じられる。その姿は、Part1とPart2に描かれるヴィトーとマイケルの関係に重なり、Part1の解析不能な重さは、コッポラの父性的な偉大さに支えられているようにも思える。
前作のようなストレートな展開でマイケルがドンへと変貌していく物語とは異なり、本作は父親時代の過去と現在を行き来して描く構成になっている。マイケル・パートの展開と相まって、内容はより複雑に感じられた。前作がマイケルの変貌と成長を描くのに対し、今作は孤独と喪失の悲しみがじわりと広がる物語のようにも受け取れる。自作へと繋がる伏線が多く、物語自体が自己の創作を予感させる面もあった。退屈さを感じる場面はほとんどなく、最後まで観やすかった。役者陣ではアルパチーノとデニーロが似て見える瞬間があり、時代の変化が頭の中で少し混乱することもあった。
最初は複雑な構成だと感じたが、読み進めるうちに狙いが見え始め、気づけば物語は極めて残酷な展開へと変貌していた。マイケルの顔から人間味が薄れていく描写と、ビトが成り上がっていくほど脂がのっていく様子が反復され、対比がいっそう際立っていた。
正直なところ、前作を超えることは無理だと思っていた。しかし、その予想を裏切り、前作での感情を根底から揺さぶる作品が現れた。続編ではなく、物語の本質そのものを再構築する力強さを持っていた。現在のマイケルと過去の若きヴィトー、二つの時間軸が交差することで、「家族のため」という同じ動機から生まれる全く異なる人生の残酷さが浮かび上がる。ヴィトーは失うことで人を得ていくが、マイケルは守るために孤独を深めていく。その中には、移民の夢を抱いたアメリカと、制度や資本に支配されたアメリカの変遷が描かれている。前作が王になる物語であれば、今作は王であり続けることの虚無を描いた壮大な叙事詩だ。ラストシーンでは、父ヴィトーの誕生日を前に、若き兄弟たちが集まる回想が展開される。そこに映るマイケルは、かつて家族の一員であった頃の姿。現在のマイケルの孤独と重なり、彼が何を得て何を失ったのかが深く伝わってくる。権力や地位を手に入れたにもかかわらず、最後に残るのは誰とも共有できない記憶と沈黙だけだった。兄フレドとの断絶によって、この回想は温かさを超えた残酷さを帯びる。過去は救いではなく、取り戻せない時間として心を締めつける。マイケルは間違った選択をしたのか、それとも他に道はなかったのか。答えを提示しないまま、一人で座る姿で幕を閉じるラストは、成功と引き換えに失われた人としての居場所を静かに突きつけてくる。この事実を、説明ではなく沈黙で語り尽くす終わり方が、続編という枠を超えた、残酷で美しい完成形だった。
1よりも良かった!
時代の変化があって、ストーリーにより深い意味が生まれた気がする。
マイケルが海軍に入った理由が気になる。当時はイタリアの出自よりも、アメリカ人としてのアイデンティティが強く感じられたのかな。
息子マイケルは新たなゴッドファーザーを築こうと奮闘しますが、襲撃や裏切りに直面します。一方、父ビトーがどのようにファミリーを形成していったのかが対比的に描かれています。
200分の上映は長く感じました。個人的には1作目の方が楽しめました。偉大な父への憧れを抱きながらも、マイケルは次第に孤立を深めていく姿は悲しく映りました。これは、会社経営における2代目社長の孤独と重なる部分がありますね。大塚家具の例を思い出しました。
#サンオブゴッド
夫と観た感想は、中国の王朝のような雰囲気を醸し出していた。最後には完全に疑心暗鬼に陥っていた。殺しを一度経験すると止まらなくなる。パパにあってマイケルに欠けているもの、それは「徳」と「許し」。パパは映画の冒頭で「殺し屋じゃない」と明言していたが、やがてその言葉を覆してしまう。愛され、囲まれるパパと、疑念を抱き孤独になる息子という対比が全体に散りばめられているが、特に象徴的なのがラストシーンだ。帰宅すると息子たちに囲まれるパパ(画面外)、一人食堂に取り残され、思いを巡らせながらタバコを吸うマイケル。このシーンは物語の核を象徴していて強く印象に残った。ある評論で読んだことがある。「一人の人間がアメリカで家族を築いていき、その息子が徐々に家族を失い、一人に戻る物語」との言葉がすっと腑に落ちた。人は本来、自然な状態では血族と結びつき、まるでヤクザのように固まる。しかし、血族同士の争いが起これば収拾がつかず、国家が形成されたのではないか。最後にマイケルが重ね合わせて回想するシーンも印象深く、彼の孤独感が切ない。さらに、マイケルは海兵隊として日本と戦った過去もある。長い映画だが、ヤクザ映画における緊迫感には時間が必要であり、3時間はやはり必須だ。特にフレドのシーンが一番心に響いた。ファミリーを愛していたパパなら、見たら涙を流すだろう。
序盤は長さを感じる場面もあるが、後半に向かうほど密度が増していく。前作がドンの偉大さの余韻で終わるのに対し、今作は全体として別の余韻と重さを帯びている。質量感は元からあったが、さらに際立っている。
パチーノの演技は圧巻で、マイケルは冷たい人物には見えず、むしろ人間味があり不器用さを感じさせるのに、彼の行動は徹底的に冷酷という矛盾が繰り返される。ファミリーを守るために抑圧と牽制を重ねるうち、裏切りと離反、内的崩壊が訪れる。
対照的に、ヴィトの青年期は前向きだった。手段は過激でも、人を幸せにするために動く彼の周囲には温かなつながりが自然と生まれていた(周囲の人々が自ら彼を敬意で包む)。一方、跡継ぎとして育てられていないマイケルには、抽象的な部分を理解する機会がないままドンになってしまったのだろう。軍人やビジネスマンとしては有能だが、根っこの部分で「魂でぶつかる」必要があるドンという役割には向かなかった。
ケイとの決定的な亀裂が生まれる場面で、マイケルが『また二人で頑張ろう』と語るとき、私は『これでケイが翻意したら許さないぞ、コッポラ』と心の中でつぶやいた。原作者はそのあたりも抜かりなく描いており、見事だ。
マイケルはファミリーをまとめ、維持するという純粋な思いを持っているはずだが、その手段はことごとく力づくのものになる。対してヴィトは暴力を使いながらもソフトパワーの持ち主だったと気づかせられる。しかしマイケルのやり方は、軍隊的にはごく普通に正解に見える。交渉が得意でも、話し合いは別次元の領域だったのだろう。
正直、観た直後は『マイケル編だけでよかったのでは』と思った。ヴィト編が挿入されることでマイケル編の勢いが削がれ、だんだんと暗い景色を映す場面に集中したほうが良いのでは、とも感じた。回想をコルレオーネ村で無邪気に手を振る場面のみに限定する案も考えた。
ただしそれにすると、なぜ人々がドンを懐かしみ慕ったのか、マイケルが『パパのように』と目指したものが何だったのかが伝わりにくくなる。
世界観の魅力に惹かれ、PS3版のゲームも徹底してプレイしました。前作に続く物語では、マイケル・コルレオーネがコルレオーネファミリーの勢力をさらに拡大していく姿が描かれています。かつては兄フレドの不遇さに同情していた時もありましたが、今改めて振り返ると、マイケルの立場から見れば彼が勝手に動くたびにイライラするのも当然だと納得できます。初代の重厚な世界観を踏襲しつつ、ハイマン・ロスがモー・グリーンに対して抱く眼差しなど、続編ならではの深みが加わっており非常に良い出来でした。父ヴィトーの入国経緯や、ハニートラップに絡んだ上院議員の指摘を通じて、当時のアメリカ社会においてイタリア系移民がいかに歓迎されない存在だったのかを痛感します。若き日のヴィトーが歩んだ苦難の人生には、胸を打つ場面が多くあります。
続編が期待外れになる作品が多い中、これは一作品として素晴らしい出来栄えです。ストーリーの賛否を超えて、映画の雰囲気や俳優たちの演技が特に光る、素晴らしい作品です。
集中できなかった。
評価が高かったので期待していたが、思っていたほどではなかった。
そもそも「ゴッドファーザー」シリーズは、私が想像していたような格好良さはなかった。
任侠ではなくビジネスの物語で、格好いい父親のようになれなかった息子。その点に共感する人もいるかもしれないが、個人的にはあまり面白くなかった。
「2」の方が傑作だという意見も多いが、私は「1」の方が良かった。
デニーロの演技が素晴らしかった!
ヴィトとマイケルの対比が印象的だった。
昨日1を観て、今日は2を続けて観たので、興奮が冷めやらなかった。楽しかった!
ヴィトーは義理と人情を大切にし、信頼を土台にのし上がっていったタイプだ。一方のマイケルは冷徹な戦略家で、ファミリーの名を守るためなら家族の犠牲すら厭わない。
個人的にはヴィトーのやり方のほうが好きだ。マイケルの判断はいつも正しいかもしれないが、過剰に力を求めるほど孤独が深まっていくのが切なかった。
父は晩年になっても大勢の家族に囲まれ、息子は家族を失って生きていく。
この対比こそが象徴的だった。
圧巻の光景、、マイケルとビトの対比が控えめながらも鮮明で、この後の展開が気になる。
マイケルの心理が理解しづらく、ずっと落ち着かない気持ちを抱えていた。特に兄に関することや、妻子を最優先にしない姿勢にはどんな理由があっても納得できなかった。若きヴィトを演じたロバート・デ・ニーロは素晴らしかった!晩年のヴィトを思わせるようなこもった声や独特な話し方、さらに若いながらに備わった威厳やドンとしての素質を感じて圧倒された。彼の演技は素晴らしかったが、全体的にはずっと暗い印象があり、楽しめない部分があった。その時代の良さが際立って感じられた。回想シーンではソニーが生きていた頃の明るい雰囲気が流れ、みんなが笑っていたのに、今は全く笑っていない。そりゃ、暗い雰囲気になるわけだ!母は映画をたくさん観るけれど、上位3作品すべてが『ゴッドファーザー』で、しかもこのパート2が第一位らしい。私たちが似た者同士でありながら、最も異なる点かもしれない。
父の代と比較すると、似ているようでだんだんと違いが見えてくる。マイケルの眼差しと立ち振る舞いには威厳がある一方、どこか孤独で不安定な雰囲気も漂う。父との違いが際立つ。協議の場面は非常にリアルで、当時のマフィアの実像に触れたくなる。とはいえシリーズはまだ完結していないため、結末を楽しみに取っておく。
映画『ゴッドファーザー』のマイケル・コルレオーネが権力を握るほど人間性を失っていく姿は、痛ましさを伴って胸を打つ。瞳だけで全てを語るアル・パチーノの演技は圧巻で、沈黙の中に権力者の狂気と哀しみが滲み出る。仲間にも、動機は損得だけだ。それが根底にある現実だ。
3か月ほど前に観たのであまり記憶がないが、若いデ・ニーロがとても美しかった。
ダイアン・キートン追悼
この作品に挑む
200分という長さ!
途中休憩もあった
鑑賞に手間取ってしまい、追悼が遅れてしまった。
1作目、2作目ともアカデミー賞を受賞した名作です。
2作目は時代を超え、親子2代の物語で長いですね。
1作目は見ました。
「NEWドンの誕生」で終わったと思ったら、今作ではすっかりファミリーを支えているマイケルがいました。
命を狙われ、家族を愛し孤独に生きるマイケル。
三男坊として育ったはずのマイケルは、苦労人の父に届かず苦悩している(偏見かもしれません、ごめんなさい)。
ヴィトーはパート1で余裕を感じさせる絶対的な存在でしたが、マイケルはパート2では追い詰められたドンとしての力不足が全体に漂っていました。
怖いですね。
「仲間」と言いつつその裏では殺しがあるのです。
デ・ニーロはまだ若く、この作品から俳優として開花していったことがわかります。
30歳で既に貫禄がありますね。
アカデミー賞助演男優賞を受賞。
アル・パチーノはこの作品を含めて9回ノミネートされ、なかなかアカデミー賞を獲得できなかった。
ダイアン・キートンはこの映画では、私が持っていた彼女のイメージとは少し異なっていました。
3作全てに出演し、年齢を重ねてもおしゃれでコミカル、しっかり者で、私も見習いたいと思える存在。
素敵な俳優さんでした。
アル・パチーノとの交際については知りませんでした。
また一人、名優が去りましたね。
続けて3作目を鑑賞します。
今更だけど、絵も音楽もストーリーも素晴らしくて驚かされた。
『ゴッドファーザー』は辛い場面が多い。
父の時代は幸せだった。
なぜこんなことになってしまったのか、しみじみ考えてしまう。
許せない気持ちや、大切なものが何か分からなくなることもある。
マイケルの行く末を見届けたいと思う。