2026年1月10日に公開の映画「水の中で」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「水の中で」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
水の中でが視聴できる動画配信サービス
現在「水の中で」を視聴できる動画配信サービスを調査して一覧にまとめました。以下のVODサービスで「水の中で」が配信中です。
水の中でのあらすじ
大学を卒業した青年ソンモは、俳優としての活動を続けながら、自主制作の短編映画を監督する決意を固める。かつての同級生二人を連れて済州島のリゾート地へ向かうが、脚本は思うように進まず、海辺をさまよう日々が続く。そんな折、ひとりの女性との出会いが、語るべき物語の核を見つけ出させる。やがて、海辺での撮影が静かに始まる。
水の中での詳細情報
「水の中で」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
水の中での公式PVや予告編動画
「水の中で」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。
水の中でを見るのにおすすめの動画配信サービス
U-NEXT
![]()
- アニメ、映画、マンガ、書籍、雑誌がまとめて楽しめる
- 作品数が豊富で毎月無料で配布されるポイントで新作も見られる
- 無料体験で気軽に試せる
U-NEXTは、国内最大級の作品数を誇る動画配信サービスです。映画・ドラマ・アニメを中心に、配信数は32万本以上。さらに、動画だけでなくマンガや雑誌もまとめて楽しめる点が大きな特徴となっています。
見放題作品に加え、最新映画などのレンタル作品も充実しており、有料タイトルは毎月付与されるポイントを使って視聴できます。このポイントは、マンガの購入や映画チケットへの交換にも利用できるため、使い道の幅が広いのも魅力です。
また、U-NEXTでは31日間の無料トライアルを実施しています。期間中は32万本以上の動画が見放題となり、200誌以上の雑誌も読み放題。さらに、600円分のポイントが付与されるため、新作映画のレンタルや電子書籍の購入にも活用可能です。充実したコンテンツをお得に体験できるこの機会に、ぜひU-NEXTをチェックしてみてください。
水の中でを無料で見る方法は?
「水の中で」を視聴するなら、「U-NEXT」「Lemino」などの無料トライアル期間を活用するのがおすすめです。
「Dailymotion」「Pandora」「9tsu」「Torrent」などの動画共有サイトで無料視聴するのは避けましょう。これらのサイトには、著作権者の許可なく違法にアップロードされた動画が多く存在し、利用者側も処罰の対象となる可能性があります。
水の中でのよくある質問
-
Q『水の中で』はどのようなあらすじの映画ですか?
-
A
俳優業に専念していた青年ソンモが、自主制作の短編映画を撮るため、同級生の友人たちと済州島へ向かいます。脚本作りに苦しむなか、海辺で出会った女性をきっかけに、ソンモは自分が語るべき物語を見つけていきます。
-
Q『水の中で』に登場するソンモたち3人は、どのような関係ですか?
-
A
ソンモは映画監督を目指す主人公で、同級生の友人サングクと後輩の女優ナミを連れて済州島で撮影を始めます。映画作りをめぐる3人の会話や距離感から、それぞれの創作への考え方や、ソンモに対する周囲の複雑な思いが描かれます。
-
Q『水の中で』の映像表現にはどのような特徴がありますか?
-
A
本作は、ほぼ全編がピンボケの映像で撮影されていることが大きな特徴です。人物や済州島の風景の輪郭をあえて曖昧にすることで、一般的な映画とは異なる視覚体験を生み出しています。
-
Q『水の中で』の監督や音楽などの制作スタッフは誰ですか?
-
A
ホン・サンスが脚本、監督、製作、撮影、編集、音楽を一人で担当しています。出演者はシン・ソクホ、ハ・ソングク、キム・スンユンで、2023年製作の韓国映画です。
-
Q『水の中で』の舞台となる済州島は、物語でどのような役割を果たしていますか?
-
A
済州島は、ソンモたちが自主制作映画の撮影に向かう場所として登場します。海辺を歩きながら物語を探す展開によって、リゾート地としての風景だけでなく、創作に悩む主人公の内面と結びついた舞台になっています。



水の中での感想・評価
済州島を舞台にした実験的なピンボケ撮影を軸に、マスク姿で幕を開ける冒頭はコロナ禍を連想させる。
監督の得意技であるBGMの断片化が、映像を断続的に刻んでいく。
宿で最初に飲むシーンはまだボケが弱く、そこから徐々にボケの強さが増していく。
ラーメンを買うはずだったが、寄り道が多く、監督以外の二人は遅い帰宅に。ロケハン中もテコンドーを楽しそうに見せ、監督はその横で孤独に自分と向き合う。ホンサンスと周囲の人々の関係性を象徴する場面だ。
ゴミ拾いをする女性はおそらくキム・ミニさん。彼女がこの役を演じることは、ホンサンスとの関係性にも意味を持つように感じられる。
ホンサンスが私生活で彼女を好きで尊敬している一方、キム・ミニさんは有名で脚光を浴びる俳優とは違い、目立たない場所で自分の役柄に真摯に向き合おうとする存在として描かれているからだと思う。
「私はここの市民ですから」というセリフは、私には「私は俳優ですから」と聞こえ、ゴミ拾いという作業そのものが仕事への向き合い方の象徴として機能していると感じた。
つづく刺身を食べるシーンは、済州島を舞台にしたドラマで見たことがあるような風景だった。
32分ごろには、海と島を映すカットの中で、画角がわずかにずれて暗くなるショットが不思議で印象的だった。
夜の宿での二度目の飲酒シーンは、ボケというより画質が粗い印象。
二人が海岸へ出る場面では、幽霊の話をし、目に見えない世界について語る。はっきりと自分の目で見てみたい、という思いが作品のテーマを示唆しているようだ。
監督が電話をする場面の相手は元カノか昔好きだった女性で、誕生日プレゼントに曲を作っているとの未練が感じられる。
ゴミ拾いのインタビューをもう一度繰り返すのも、監督の得意パターン。
男は崖の上にいるのが苦しくなり、もっとその女性と一緒にいたくなるが、嫌われてしまい、結局海へ向かい死を選ぶ——この演出は、元カノに対して執拗な態度をとって嫌われたことを意味しているのと、元カノへのプレゼントの曲だということを二人には言えないことを示唆している。
恋愛をしたことのない男が長く待ちすぎれば心が腐ってしまう、というような結末。結末の歌詞はどんな言葉になるのだろう。
結局この作品は、いつもの映画づくりの傘をさした、男女のテーマを扱う作品だったように感じられた。
よく分からないけど、俺でも映画を作れそうな気がしてきた。実際に作りたいと思う。ホン・サンスに感謝。場所があって、そこにカメラを向けるだけで映画が成立するはずだ。シナリオ作りも楽しそうだな。
全編がピンボケという大胆な撮影手法は、公私共に自由な立場に達したホン・サンスが、どこまで自身の評価を落とさずに挑戦できるかを試しているのではないかと、観る前は考えていました。実際に観てみると、ピンボケゆえに描写に対する注意が増し、不透明な未来や計画性のない映画制作、微妙に漂う下心を巧みに表現している部分もあったように思います。それにしても、海岸でゴミを拾っている時に、激しく褒めながら近くで見つめている男性を主人公に選ぶ映画を作るのは、ホン・サンスだけでしょうね、笑。 #2026ofあー
予想外の展開があって興味深いです。
ホン・サンス監督らしい独特のリズムで物語が展開しているのは変わりませんが、ラストは予想がつきましたね。
キム・ミニさんはどのシーンに出演していたのか気になります。
韓国映画鑑賞880本目の感想:水の中で(ホン・サンス監督)
済州島を舞台に、全編ピンボケで展開する迷作。上映時間は61分、途中で眠ってしまい、気づけば終わっている体験だった。反省して翌朝、頭から再度観てみても内容が頭に入ってこない61分間。とはいえ、それで良いのだ。映画にはさまざまな表現があり、それを楽しむのが映画鑑賞の醍醐味。韓国映画880本目との出会いに乾杯。主人公が抱える絶対的な孤独感が、作品全体に何かしらの影を落としているのが気掛かりで、心には残る。
好きだ。SNSに写真を載せるような軽さで映画を撮る巨匠がいるなんて、なんて頼もしいことだろう。
ミニマルで穏やか、そして軽やかな映像表現。ピンボケや記録映像としてのドラマ性を活かさない技法だが、それゆえに独自の佇まいを生む。自分が昔考えたことがあるくらいだから、映画学生なら誰もが一度は触れたことのある発想だろう。中盤に差し掛かると視線は自然と気にならなくなる。焦点の不明瞭な内界の一致や印象派的手法、そもそも現在のカメラは描写を明瞭に捉えすぎる点など、さまざまな議論を思い出させる。即興性、ゴミ拾いの女、海といったモチーフが印象的に絡み合う。
月刊ではなく『日刊ホン・サンス』③
モネの晩年の作品に似た印象を持たれることが多いですが、対象が溶けることで形よりも色や光、大気が際立つという現象です。しかし、「印象派的」という言葉は結果を示すだけで、方法については触れていません。ここが重要だと思います。
『水の中で』のぼやけた映像は、単に「世界を印象派の絵画のように見せたい」という美学から来ているのではなく、焦点を外すことで対象を固定することを拒否しています。人物、風景、岩、海の輪郭は不明瞭です。
つまり、「これは何であるか」よりも、「今、どう見えているか」が重視されています。これこそが印象派的です。
さらに、『小川のほとりで』でキム・ミニが表現として選んだテキスタイルと関連が見えます。「描くこと」から「織ること」への移行はとても興味深いです。
『水の中で』では、
焦点をぼかし
→ 世界の輪郭が溶け
→ 光や色、質感のみが残る
というアプローチに進みます。一方、『小川のほとりで』では、
小川を観察し
→ その流れをスケッチし(映画は時間を描く芸術)
→ テキスタイルとして織る
という方向に進みます。
このように、前者は「世界をほどく」映画であり、後者は「世界を織り直す」映画とも言えます。両者は対照的です。
さらに興味深いのは、どちらも完全に制御された映像ではなく、偶然性が存在することです。『水の中で』のピンぼけは、一般的な映画撮影の観点からすると「失敗」に近いですが、その失敗を映画の形式に取り入れています。
テキスタイルの製作でも、糸を一本ずつ織る過程には完全な機械的再現とは異なる手の揺れ、反復、微細なズレが見られます。
そのため、
ピンぼけ=印象派
という解釈を否定する必要はありません。むしろ、『水の中で』は「印象派」という美術史的な観点で論じることができます。しかし、『小川のほとりで』も含めてホン・サンスの方法論を考えると、「テキスタイル」という語彙の方が深く響きます。
この二作品を連続して考えると、
『水の中で』=焦点を失った映画
『小川のほとりで』=流れを織り上げる映画
という対照が浮かび上がります。これはホン・サンスらしい変化だと感じます。
追記:ラストの歌を歌っていたのはキム・ミニだったんですねー
大半の場面をピンボケ映像で綴る、ホン・サンス監督の短編映画としての実験作。短編映画を撮ろうと決意したソンモは済州島へ。友人のソングクと後輈のナミが同行する。脚本が完成せず時間だけが過ぎていく中、ある出来事を契機に制作へと着手する。何気ない三人の会話が軸を成す構成は、監督作の系譜を受け継ぐが、ピンボケによって現実と空想の境界がぼやけ、エンディングにはぞくりとさせられる。普遍的な日常を巧みにすくい取りつつ、実験精神を失わない希有な監督。新作の公開をいつも心待ちにしている。
主人公が撮影対象に悩み、被写体が定まらない様子を”全編ピンボケ”で表現しているように感じました。ただの会話が続くだけで、特に何も起こらず、映像もストーリーもぼんやりしています。アーティスティックな要素もあるものの、個人的にはあまり響きませんでした。この作品はシュールすぎて、好みが分かれると思います。