2011年5月28日に公開の映画「クロエ」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「クロエ」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
クロエが視聴できる動画配信サービス
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クロエのあらすじ
産婦人科医として成功を収め、大学教授の夫と1人息子という三人家族で誰もが羨むほどの幸せを築いてきたキャサリン。しかしある日、夫と教え子の浮気を疑わせる携帯メールを見つけてしまう。不安に耐えきれなくなった彼女は、偶然知り合った若く美しい娼婦クロエを雇い、夫を誘惑させるよう依頼する。だが、魔性の女クロエは恐ろしい罠を仕掛けており、平和な日常は崩れ始める。
クロエの詳細情報
「クロエ」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
| 監督 | アトム・エゴヤン |
|---|---|
| 脚本家 | エリン・クレシダ・ウィルソン |
| 出演者 |
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| カテゴリー | 映画 |
| ジャンル | サスペンス |
| 制作国 | アメリカ カナダ フランス |
| 公開日 | 2011年5月28日 |
| 上映時間 | 96分 |
クロエの公式PVや予告編動画
「クロエ」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。
クロエの楽曲
「クロエ」の主題歌や挿入歌、サウンドトラックを紹介します。映像だけでなく音楽からも作品の世界を感じてみましょう。
- サウンドトラックChloe (Original Motion Picture Soundtrack)Mychael Danna
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クロエのよくある質問
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Q映画『クロエ』のあらすじはどのようなものですか?
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A
映画『クロエ』は、キャサリンという女性が夫の不倫を疑い、クロエという女性を雇って夫を試すストーリーです。しかし、クロエとキャサリンの関係は次第に複雑になり、思わぬ展開を迎えます。サスペンスと心理劇が絡み合う作品です。
-
Q映画『クロエ』に登場するクロエのキャラクターの魅力は何ですか?
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A
映画『クロエ』では、クロエは魅惑的で神秘的な女性として描かれています。彼女の存在は物語に緊張感を与え、キャサリンとの関係を通じてストーリーに深みをもたらします。観客を引き込む魅力的なキャラクターです。
-
Q映画『クロエ』の監督は誰ですか?
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A
映画『クロエ』の監督はアトム・エゴヤンです。彼は独特の映像美や緻密な心理描写で知られており、この作品でもその手腕が発揮されています。
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Q映画『クロエ』の音楽は誰が担当しましたか?
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A
映画『クロエ』の音楽は、マイケル・ダナが担当しました。彼は作品の雰囲気を引き立てる巧みな音楽で、映画全体の緊張感と魅力を高める役割を果たしています。
-
Q映画『クロエ』の見どころは何ですか?
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A
映画『クロエ』の見どころは、人間関係の複雑さと心理的なサスペンスです。キャサリンとクロエの間に生まれる緊張感や、予想外の展開が視聴者を飽きさせない要素となっています。



クロエの感想・評価
嗚呼、素晴らしい・・・。髪飾りが炎のように輝く女の姿、そのクライマックスがとても印象的だ。余韻が残る。落ちることも可能だったのに、あえてその道を選んだクロエの魅力が際立つ。
前に観たのに内容を忘れてしまったので、再度鑑賞しました。
アマンダ・セイフライドがとても美しかったです
旦那の不倫のために娼婦を誘惑させるという展開は理解できず、
お金を払ってまでそうするのは歪んでいるなと感じました。
記録。
クロエは非常に美しく、人の心を深く見透かす力を持ち、魅力的でありながらどこか危うい存在であった。そんな彼女に、偏執的で少し意地悪な愛情を注がれることは、果たして幸せと言えるのか、それとも不幸なのか。作中の母親に聞いてみたくなる。
正直なところ、映画を見終わった後、頭がうまく働かず、考えがまとまらなかった。しかし一つ強く感じたのは、もしかしたら全ての人が両性愛者(あるいはパンセクシュアル)なのではないかということ。実際、自分が誰に惹かれるかは、自分自身でもわからないのかもしれない。
例えば、母親が最終幕でクロエの残した飾りを身につけ、宴の場で微笑んでいた瞬間。あれは、彼女がすでにクロエの心の中に入り込んでいることを示しているのだろうか。
成功した産婦人科医キャサリン、高名な大学教授の夫デビッド、思春期の息子マイケル。この家族は、ガラス張りのモダンな邸宅に住み、一見すると安定した中流上層階級の理想の家庭のように見えます。しかし、夫のスマートフォンにある若い女子学生との親密な写真が発覚したことで、その「安定」は崩れ始めます。キャサリンは夫の不貞を疑い、高級レストランで出会った若い娼婦クロエを雇って夫を誘惑させ、その詳細を報告させるという極端な決断をします。もし真実を知りたいのが夫の行動の「本当」であれば、探偵を雇う選択肢もあるはず。それでも、彼女は他者の身体を介して夫の行動を確認しようとする。この時、本作は単なる不倫サスペンスに収まらず、「他者の身体と物語を通じてしか欲望に触れられなくなった人々」の物語に変化し始めます。
エロティック・スリラーとして見せかけつつ、その内側では、老いへの恐怖、承認欲求、テクノロジーとストーリーテリングがもたらす親密さの歪みが、冷たい、残酷な形で描かれます。
作品は一見、夫の浮気が家庭を崩壊させるサスペンスに見えますが、実際の焦点はキャサリン自身のミッドライフ・クライシスです。彼女は医療の場では他人の身体を臨床的に扱い、オルガズムを筋肉の収縮と説明できるプロフェッショナルを演じていますが、家庭では年齢とともに女性としての魅力を失ったのではないかという恐怖や疎外感に悩まされています。実際、彼女が本当に知りたいのは「夫が浮気しているかどうか」ではなく、「自分は依然として誰かの欲望の対象たりうるのか」という問いに近いのです。このため、浮気調査だけでは説明できない不気味さがじわじわと明らかになっていきます。
本作では、他者と接触するために何かを媒介しなければならない人々の姿が際立ちます。スマートフォンの写真やクロエの語る「物語」がその媒介となっています。キャサリンはクロエに夫を誘惑させ、その詳細を生々しく語らせることになります。キスの感触やホテルの雰囲気、ベッドでの仕草がどこまで真実かは不明ですが、語られる内容が官能性を増していきます。
興味深いことに、キャサリンが求めているのは「真相」そのものではありません。彼女は「夫と他の女がどう交わっているか」を、現在の自分にとって最も刺激的な形で再語りしてほしいと願っています。事実よりも、「どのように物語化されるか」が重要になり、クロエが誘惑しているのは実際にはデビッドではなくキャサリン自身になっていくのです。クロエから聞く架空の情事の詳細を通じて、キャサリンはかつての性的興奮を取り戻していきます。この瞬間、夫婦の親密さの再起動は、自身の身体ではなく「他者の身体と語り」に頼ってしまうため、関係性の主導権がずれていきます。
三角関係の興味深さは、誰が誰を本当に欲望しているかが、表面的な関係と全く一致していない点です。妻、夫、娼婦の古典的な三角関係に見えますが、実際には二人の女性の間で欲望が鏡のように行き交っています。キャサリンにとってクロエは、「夫に激しく欲望される若い女性」というモデルであり、彼女の語りを通じて自分の理想化された過去の自己を求め直そうとしています。一方、クロエはキャサリンに無意識に望まれる「理想の恋人像」として存在しようとします。彼女が求めているのは金銭やデビッドではなく、「一人の人間としてキャサリンから承認されること」に変わっていきます。
両者は互いに欲望を演じ合い、その結果、もともと媒介物に過ぎないはずのクロエの存在が肥大化し、家族全体を揺るがす「異物」となります。ここでシステムが取る手段は古典的で、乱れた家族の秩序を保つために、スケープゴートとしてクロエが排除され、彼女の犠牲をもとに平穏が回復されます。終盤、クロエは暴走し、息子マイケルを巻き込んで危機を最大限に高めてから窓から転落し、命を落とします。一見、ありがちなサイコ・スリラーのクライマックスに見えますが、実は「ブルジョワ家庭を守るための生贄の儀式」とも取れます。
その後、何事もなかったかのように卒業パーティーが開催され、キャサリンの髪にはクロエのヘアピンが挿されています。若い女性の死は既に「処理済み」で、彼女がもたらした混乱や若さ、生命力は全てキャサリンの側に吸収されています。この装飾品は、「犠牲者から奪い取ったものを身に着けることで、自らの主体性を回復した特権者」という不気味な構図を刻印しています。
クロエとキャサリンの関係は、年齢や階級の違う二人の女性が秘密と欲望を共有することで互いに反映し合う様子が描かれています。鏡やガラス、窓の反射が巧みに使われ、キャサリンがクロエを見つめると、彼女が見ているのはクロエという個人ではなく、「かつて自分が持っていた若さ」や「理想化された性的自分」に近いものとなっています。逆にクロエはキャサリンに「将来の安定」や「教養ある大人の女性の理想像」を投影しています。この二重の投影が、ガラス張りの邸宅やトロントの冷たい都市空間の中で強調されている点が、この作品の魅力のひとつです。
モダンな広いリビングや窓は一見開放的で洗練された空間ですが、実際には家族の距離と断絶を可視化する装置として機能しています。家は背後に広がる森林に対し、文明と野生の境界線に立っています。クロエが暗闇の中からガラス越しに内部を覗くショットは、「外にいる者は、どれくらい見えても内側には属さない」という階級社会の厳しさを表現しています。同時に、内部にいるキャサリンたちもまた、ガラスに囲まれた水槽の生き物のようにも見えてきます。
表面的には「若い悪女が家庭を壊す話」と捉えられるかもしれませんが、その内側をよく見ると権力関係は逆転しています。キャサリンは圧倒的な特権を持つ医師であり、その力を使ってクロエの身体や感情を買っている側です。クロエは危険な行動に出る加害者でありながら、自身を「サービス」として扱う特権階級への反逆者とも読めます。二人の女性は連帯するのではなく、年齢や階級の差によって互いを消費する構図が、この作品の苦味を際立たせています。同じく抑圧されている女性同士が、その構造に無自覚のまま、互いを犠牲にしているのです。
そう考えると、本作は「抑圧された女性の欲望の解放譚」というより、「特権を持つ側の精神的危機を埋め合わせるために、周縁の女性がどう搾取され、捨てられていくか」を描いた物語として捉えられます。ラストで笑顔の家族とそこにいないクロエの対比が、静かに強く響いてきます。
エロティック・スリラーとして見ると、終盤のサイコ・スリラー化や窓ガラスのクライマックスはかなり定型的で、途中までの心理劇としての繊細さが薄れてしまうと感じます。それでも、本作にはこうしたテーマを商業映画の形式に押し込んだことから生まれる「歪んだ魅力」が残っているように思われます。他者に演じさせたファンタジーが、いつの間にか現実を侵食していく怖さや、テクノロジーと物語によって仲介された関係が、取り返しのつかない状況へ逸脱してしまう感触、そして秩序を回復するために選ばれる「ひとりの犠牲」が全て、ガラスと雪と冷たい光に包まれたトロントの風景の中で、静かに、しかし確実に広がっていきます。ジャンルの表面に対して内面的なテーマが過剰すぎ、そのアンバランスさが、現代的な歪みとして残る一本だと感じました。
26年7本目(2026.02.12)
アマンダ・サイフリッドの可愛さは格別ですね。
ジュリアン・ムーアとリーアム・ニーソンの組み合わせも見応えがあります。
内容に関係なく、キャストの面々は素晴らしい。
ギリギリのところで楽しめる狂気じみた行動が魅力的です。
感想
登場人物と設定
– キャサリン:産婦人科医
– ディビット:夫で大学講師
– クロエ:売春婦
– マイケル:息子
あらすじ
物語は四人の関係を軸に展開する。冒頭でクロエは自分の語彙力を自負する一方、キャサリンは病院の窓越しに売春婦を眺める。ディビットは歴史の講義を終え、生徒の質問に答える場面から始まり、その中の女性生徒マディソンが「私たちとディナーは?」と尋ねる。今夜はキャサリンの誕生日で、彼はすでに飛行機での帰国を控えている。キャサリンは誕生日パーティーの準備に取りかかり、客も次々と訪れる。 一方、マイケルは恋人アナと過ごしているが、彼女は彼の昔のママっ子だった頃を知っているせいか、彼の態度にはそっけなさと寂しさがうかがえる。話は進み、マイケルは静かに二階へ上がり電話を取るが、飛行機の出発が遅れることが判明する。結局、二時間後に戻る予定だという。キャサリンはその遅れを知っても、サプライズは失敗してもパーティーを続けようと心変わりしない。翌朝、キャサリンは言ってくれればという思いとともに、誕生日を前にした不安を募らせる。夜にはアンナを目にし、ディビットの携帯には昨夜のあの生徒から感謝のメッセージが届いていることを知る。
夜の外出と葛藤
夜、4人は演奏会へ向かい、二人はレストランへ。誰かが誘いを受け、誰かが返す。トイレで隣に泣く女性を見つけ、クロエに話しかけ、彼女と洗面所で再会する。騒動の中で娼婦探しの話題が再燃し、クロエは車を運転する。彼女は好みの女性に優しく接するだけで、罪滅ぼしのつもりなのか空港での遅れをいざなうべきなのかを問う。遅延の理由には偶然と故意の差があるのか、酒を飲んでいたのかといった疑問も湧くが、答えはノーだった。キャサリンは窓越しに様子を見守りつつ、クロエと置き屋で再会する。彼女は「女は対象外」と言うが、夫の浮気を疑う視線は強くなる。クロエに、夫を誘惑して truth を引き出したいと頼む。仕事についても尋ねられる。
衝撃の誘導と結末
やがて、キャサリンは金を引き出し、クロエは朝のモーニングにディビットと会う約束を取り付ける。ディビットが新聞を読んでいるところへ砂糖を貸してほしいと頼むと、彼は快く応じ、彼女に近づくと翻訳家を志す若者だと名乗る。彼の優しさは、ナンパをせず、もう一度だけ誘惑してほしいと金を渡すことで示される。会話の本質は「夫が怪しいなら、若い女に誘惑して真実を引き出す」という分かりやすい図式へと収斂していく。若い女性の誘惑に夫は動くのだろうか。年を重ねていく中で、妻の張りが失われる様子も描かれる。誕生日のサプライズが遅れた理由や理由なしのタイミングが、物語の核へと向きを変える。最終盤には、予想もしなかった展開が待っている。キャサリンは何ヶ月も前から準備していた誕生日パーティーを遅らせ、夜ごとメールを交わす夫を疑い始める。90分ほどの展開で捉えられる結末が用意されており、視聴を勧める。
アマンダは見事な美しさを持ち、ミステリアスなキャラクターで非常に魅力的だった。
一方で、女性にとって年を重ねることがどれほど厳しいことかも感じさせられ、それが少し辛かった。
最初はスリラーかと思って観ていたけれど、全く違う展開になった。ストーリーが進むにつれて驚く場面が続出し、元々の目的とは違った方向へ進んでいった。クロエは自分の存在意義を強く示したかったのかもしれない。特に奥さんの髪飾りのシーンが印象に残った。
熟年夫婦の生活を描く映画。彼らの周囲に潜む気味の悪い存在が強い印象を残し、結末はあっさりと終わる感覚。主演のアマンダ・セイフライドが美しい。
クロエとキャサリンのラブストーリーが始まることを楽しみにしていた 最後、クロエの視点で見ていたため、キャサリンの自分勝手さが目立ちました。でも、キャサリンは本当に素敵です!ジュリアン・ムーアが大好き!!ファッションもとても素晴らしかった
この作品をどのような感情で受け取るべきか全く分かりませんが、そんなことはどうでもいいです。大好きなジュリアン・ムーアとアマンダ・サイフリッドの美しさを存分に堪能できるだけで大満足です。ありがとう。
以前に視聴したことがありますが、そのときはエロティックな映画だと感じていました。今回は印象が変わり、娼婦クロエの恋愛物語として捉えることができました。
正直、記憶に残るのは露骨な性的描写ばかりだった。とはいえ、アマンダの魅力には強く引き込まれ、エロい空気感は終盤まで印象的だった。ジュリアン・ムーアの演技にも驚かされ、彼女の表現は特に強烈だった。一方でライアム・ニーソンは銃を乱射したり暴れたりする場面はなく、存在感は控えめに感じられた。上映時間が短いので、手早にエロさを楽しみたいときには適していると感じた。
2009年全米公開のサスペンス映画。アトム・エゴヤン監督、クロエ役には『マンマ・ミーア!』でメリル・ストリープの娘を演じ、近作『Mank/マンク』でゴールデン・グローブ助演女優賞ノミネートのアマンダ・サイフリッド、夫デヴィッド役にはリーアム・ニーソン、妻キャサリン役にはアカデミー賞・ゴールデン・グローブ賞のダブル受賞歴を持つジュリアン・ムーアが起用されている。物語は、夫の不倫を疑う妻が娼婦クロエを雇い夫を誘惑させる官能サスペンスだ。前半は夫婦の官能的心理ゲームの要素が強いが、後半になると一気に危険な情事を連想させる家族を巻き込む狂気のホラーへと転じ、私は監督の狙い通りに見事に騙されたと感じる。
ネタバレを含む個人的見解
妻キャサリンは産婦人科クリニックの医師で、3階建ての豪邸に住み、ベンツのセダンを乗りこなし、豊かな生活を送っている。しかし夫からの愛情が薄れ自信も揺らぎ、クロエに夫を誘惑させその経過を報告させる代理満足に走る。だがその選択は、次第にクロエへと自分を置き換え、家族を崩壊へと追い込む結果を招く。キャサリンとクロエは鏡のような存在となり、秘密を共有する共犯関係へと発展する。最初は被害者だったキャサリンが、情事の進行とともに加害者へと転じる過程は背筋が凍る。
夫デヴィッドは大学の教授。初めは鈍感な中年男性として描かれるが、映画は巧妙にミスリードを仕掛け、読者の予想を裏切る。リーアム・ニーソンにしては珍しい役柄で、彼の演技に新鮮さをもたらしている。
クロエを演じるアマンダ・サイフリッドは、小悪魔的で孤独を抱える美貌の存在。自己承認欲求が強く、誰かに大切にされたい、愛されたいという欲望を満たせず、キャサリンだけでなく息子マイケルにも執着する。職場と家庭の境界線を崩すストーカー的行動は静かな恐怖として迫る。
息子のマイケルはまだ高校生ながら、母とクロエの関係に深く関与し、家庭内の緊張を増幅させる。母を取り戻そうとする母子関係の亀裂は拡大し、クロエの影響は止まらない。キャサリンを母として大切に思う一方で、彼女を手元に置くための道具として母を利用するクロエの手口はますます巧妙になる。
物語の象徴的小道具としてクロエのヘアピンが重要なモチーフとして機能する。ラストではこのヘアピンがキャサリンの髪に刺さるかのように描かれ、クロエは物理的にはいなくなるが、彼女がもたらした影響はキャサリンの心の奥深くに残り続ける。浄化されたように見えた家庭には、さらなる災厄の匂いが漂い続ける。マイケルは母とクロエのキスシーンや事故の場面を目撃しており、母の尊厳は崩れ、彼の視線は冷ややかに変わる。結局、キャサリンの魂はクロエと同化し、良妻賢母としての仮面を保ちつつも家族へと崩壊をもたらし続ける余韻が残る。男性にとっては未知なる女性の力が、身近な家庭をどう揺さぶるのかを描く、悪夢のような心理ホラーとして強く印象づけられる。