ロリータはどこで見れる?今すぐ視聴できる動画配信サービスを紹介!

4.0
ロリータ 映画

1962年9月22日に公開の映画「ロリータ」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ロリータ」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。

ロリータが視聴できる動画配信サービス

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最終更新日

ロリータのあらすじ

中年男性のハンバートは、下宿している未亡人シャーロットの娘ロリータに心を奪われる。やがてハンバートはシャーロットと結婚するが、彼の娘への愛を知ったシャーロットは激怒し、事故で命を落とす。念願が叶い、ふたりきりとなったハンバートはロリータと共に車で旅に出るが…。

ロリータの詳細情報

「ロリータ」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。

監督
脚本家
出演者
カテゴリー
ジャンル
制作国 イギリス
公開日 1962年9月22日
上映時間 153分

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ロリータを無料で見る方法は?

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ロリータのよくある質問

Q
映画『ロリータ』のあらすじはどのようなものですか?
A

映画『ロリータ』は、中年男性ハンバート・ハンバートと美少女ロリータの関係を描いた作品です。ハンバートはロリータの母親と結婚し、ロリータに対する執着を深めていくが、その関係は次第に破綻をきたしていきます。愛と狂気が交錯する物語が描かれています。

Q
映画『ロリータ』の原作との違いは何ですか?
A

映画『ロリータ』はウラジーミル・ナボコフの小説を原作としていますが、映像化の際に内容が一部変更されています。特に、主人公たちの心理描写や関係性が異なる部分がありますが、映画版も独自の魅力を持っています。

Q
映画『ロリータ』に登場するキャラクターの魅力は何ですか?
A

『ロリータ』に登場するハンバート・ハンバートは、複雑な内面を持つ人物として描かれており、その心理的な葛藤が観客を引き込む要素となっています。一方、ロリータも無邪気さの裏に秘められたしたたかさが魅力です。

Q
映画『ロリータ』の制作スタッフについて知りたいです。
A

映画『ロリータ』はスタンリー・キューブリックが監督を務めました。緻密な演出と映像美が特徴で、ナボコフ自身が脚本を手掛けたことでも知られています。

Q
映画『ロリータ』のテーマやメッセージは何ですか?
A

映画『ロリータ』はタブーとされる愛をテーマにしており、倫理や道徳に対する問いかけを行います。愛と執着の境界を探る作品として、観客に深い印象を与えます。

ロリータの感想のAI要約

キューブリック監督の『ロリータ』は、年長男性ハンバートの禁断の愛と暴走を緊張感と陰影で描く傑作です。原作の過剰さを抑えつつ、スー・リオンのロリータ像とピーター・セラーズの不穏さが作品に深みを与えます。映画は倫理と欲望の境界を鋭く浮き彫りにし、語られ方の違いにも触れつつ、原作への理解を深めるきっかけになります。娯楽性と批評性が共存する稀有な作品として、いまも語り継がれる理由がわかります。

ロリータの感想・評価

  1. Kujira

    ハンバートは正直、かなり不快だった。キューブリック風の雰囲気を十分に感じられず、少し残念だった。

  2. プリンス プリンス

    大学教授が女子高生に心を奪われ、次第に狂気に陥る物語。映画の時間に対して派手な展開やアクションシーンは少ないが、じっくりと男が妄想に取り憑かれていく過程を味わうことができた。教授が下宿先の未亡人を無視したり、簡易ベッドがうまく開かないなど、滑稽な場面も多く、コメディとしても楽しめる作品だった。

  3. 田口愛佳

    年齢差恋愛をテーマにした話題作。結末まで胸が苦しくなる展開でしたが、私はこの映画が好きです。恋も愛も、型にはまらないほうが魅力的だと思うから。

  4. 鈴木秀樹

    映画としての絵的なロリータ描写が成立する理由

    ロリータに知性のある美しさや、子供じみた可愛らしさだけを求めるわけではない。特に映画では、Lolitaの存在感を絵として積み上げることで、観客に強い印象を残すことができる。スー・リオンはこの素材のうち、16歳という年齢設定と美貌、危うさ、ほどよい知性の混在を体現し、ロリータ像の理想に近い存在として機能した。キューブリックはこの素材を視覚的に徹底して活かし、画面全体の絵としての強さを引き出している。

    大人になる前の女性に対する独占欲・支配欲・嫉妬心といった、男性の普遍的な感情の延長線上に、崩れかける倫理と美の対比が現れる。揺らぎのある美に出会ったとき、人は普通の反応を超えた行動へ向かうこの普遍性こそ、作品が描く核だ。ハンバートの心理は単なる異常性ではなく、誰もが胸の奥に潜ませている欲望の危うさを映し出している。

    ナボコフの小説『ロリータ』は、18歳の時に読んだとしても共感を得にくい側面がある。映画版はそのギャップを補完するよう、映像という手段で物語の核心に迫る。小説では言葉だけで回避されがちな視覚的な魅力を、スクリーンは具体的な映像として見せてくれる。

    ハンバートは異常者として描かれるのではなく、普遍的な人間の欲望が極限まで引き寄せられた結果として描かれる。私はこの観点に共鳴する。過去の経験も含めて、作品は感情の過熱と倫理の境界を巧みに照射する。

    この映画は、ナボコフとキューブリックが二人で脚本を練り上げた成果の結晶だ。小説では表現し切れない絵的なロリータ像を、二人は演出と構図の力で練り上げ、随所に息づかせている。例えば画面のリズムと空間の使い方、ロリータのモーションの配置、言葉の裏にある意味を視覚へと置換する手法など、文学的表現を超えた演出が随所に現れる。

    いくつかの象徴的な仕草や動きは、観客に強い印象を与える。風景や衣装、音響と相まって、ロリータの存在感を計算された演出として成立させていると感じられる。小説では出せないテンポと視点の切り替えが、映画ならではの魅力として働く。

    ピーター・セラーズの演技は、この作品の印象を大きく決定づける要因だ。彼の個性は作品自体を別の方向へ導く力を持ち、総体として観客に強い印象を残す。彼が演じる場面は、映画全体のトーンを決定づける核となっている。

    この映画は全長154分と長尺だが、それはロリータのさまざまな表情や心理の変化を丁寧に描くための選択だ。ロリータの美しさを理解したい人には特に魅力的で、再観も十分楽しめる作品である。

    1997年にはリメイクも作られたが、現代の感性から見るとリーリー・ソビエスキー演じるLolitaには、前作のような危うさが薄れて見える。物語の緊張感を再現するには時期と役者の資質が大きく影響するが、1990年代の名女優を使った再解釈には、それなりの魅力がある一方で原初の鋭さには及ばなかった。

    2008/07/12 記
    #スー・リオン#ナボコフ#計算された演出#小説では表現できない#ピーター・セラーズ

  5. りょうま りょうま

    危険な二面性をめぐるテーマに関心を寄せる。
    ロリータ・コンプレックスの語源となった原作を、キューブリックが映画化した史実が話題を呼ぶ。
    目玉焼きを食べさせられる場面には強い不穏さを覚える。
    外見の描写が過度に刺激的だと感じる向きもあるだろう。
    ロリータ像の心情を読み解くのが難しい点が、作品の映像表現の妙を際立たせている。

  6. DAI

    語源を追ううち、こんな場所でハンバートハンバートの由来を知るとは予想外だった。穏やかな曲ばかりのイメージとは裏腹に、由来の話題にはぞっとさせられる。未成年者へ執着して束縛する行動には、強い懸念を感じる。

  7. 日野優太 日野優太

    「ロリコン」という言葉の起源となっている作品。特にスー・リオンの可愛らしさは圧倒的で、真に魅力的だ。彼女のキュートさと美しさには惚れ込んでしまうのも無理はない。本作にはキューブリック特有のスタイルはあまり見られず、例えば一点透視図法も使用されていない。また、洒落たカメラワークも少なめだ。しかし、登場人物の表情やセリフの間合い、視線に見える心の微妙なズレが積み重なり、感情が爆発するシーンは非常に印象的だった。脚本に頼らず、描写だけで観客にメッセージを伝えるスタイルや、ハンバートがロリータを独占しようとすることで引き起こされる悲劇から、人間の愚かさが浮き彫りになっている点は、まさにキューブリックらしい。後半の不穏な雰囲気の高まりも好印象だ。ラストシーンは切なさに満ちており、心が苦しくなるが、笑顔でハッピーエンドを迎えるよりも、あの結末の方が物語としての美しさを感じさせる。

  8. 連装砲君

    キューブリック監督の名作『ロリータ』をめぐる論争と解釈

    この作品は公開当時から現在に至るまで、倫理・法・芸術の境界をめぐる議論の中心に位置しています。ハンバート・ハンバートは、作中で示される強烈な支配欲と自己中心的な欲望を通じて、人間の闇を露わにします。彼の行動は結果的に自らの破滅へとつながり、観客に強い衝撃を与えます。一方、シャーロットは物語の中で悲劇的な立場に置かれ、読者の共感を呼ぶ存在として描かれます。作品全体として、ロリータというキャラクターの描写は議論の的となり、永続的な倫理的問いを投げかけます。邦・欧・米など世界各地で評価が分かれ、時代や文化の違いが受け止め方に影響を与える点も特徴です。

  9. 神谷浩史

    ロリータの小悪魔的魅力が足りない気がする。キューブリック監督作なのに、どうしてか長さを感じてしまった。

    ロリータの小悪魔的魅力が欠けているように感じる。キューブリック作品なのに、テンポが長く感じた。

    ロリータは小悪魔的な魅力が物足りない。キューブリック監督作にも関わらず、冗長に感じる。

    ロリータの小悪魔的魅力が不足している印象だ。キューブリック作品なのに、長く感じてしまう。

    ロリータの小悪魔的魅力が足りないと感じた。キューブリック作品にも関わらず、展開が長く感じられた。

  10. Ayumu Kohiyama Ayumu Kohiyama

    久しぶりに映画を観た。実はこのところ『グレート・ギャツビー』を読み終え、読了まで約1か月半を要した。そんな間に、本作で耳にすることの多いハンバート・ハンバートやロリータといった名前の存在感を強く感じたが、この映画がフォークシンガーのハンバート・ハンバートにどう結びつくのかはまだ掴めず、脇道としておく。

  11. asan asan

    ロリータは群を抜いて大人で芯を持つ存在だ。ハンバードは先を見通せず、作り話が上手とは言えず、独りよがりな愛情(執着?)だけが先走って自分との時間には価値があると考え、ロリータを閉じ込めようとする。しかし、それが正しいわけではないし、必ずしもハンバードが魅力的でないわけでもない。学者で教授で見た目も良く、ママを筆頭に周囲の女性にも言い寄られる場面は決して少なくないし、普通にしていたら素敵な人だと思う。でも彼が普通でないからこそ、ロリータに惹かれ歪んだ愛情を向けてしまうのだ。ロリータはそんな男と二人きりで過ごす状況に辟易して家を出て行くが、憧れの相手にピンク映画のオファーが来てもきちんと断る芯の強さを見せる。豊かとは言えないが、幸せといえる家庭をもつことができたハンバードに肩を持つつもりはないが、最後のお金を渡す場面は複雑な感情を呼ぶ。キューブリックらしさは薄いものの、ラストの感じには雰囲気があり、随所にそれっぽさを感じられる。もう少し長く感じられる場面もあった気がする。

  12. 松本尚也

    自分の内に潜む闇か、それとも病か。 この作品は、和製英語のロリータ・コンプレックスの語源となった作品として知られる。『ミザリー』と同様に、相手の感情をお構いなしに自分の思い通りに操ろうとする支配欲は、日常のさまざまな場面で見られるが、恋愛の領域では現実社会においてもその異常性が際立つ。製作費は200万ドル。

  13. 清水

    ありきたりではあるが、そこにキューブリックらしさが見て取れる。序盤の卓球シーンには思わず笑ってしまうものの、彼の独善さと空回り感、そして剥製を登場させて映像に意味づけしていく手法は、彼のスタイルを顕著に表していると言える。

  14. 中島純

    年齢差のある恋に溺れる中年男性の話です。自分が中年になったとき、こんなふうにはならないよう戒めになりました。原作もいつか読んでみたいと思います。

  15. 西村大介

    「ロリータ・コンプレックス」の原作小説をスタンリー・キューブリックが映画化した。この作品は、美少女との出会いを契機に暴走し、破滅へと向かう中年男性の悲劇を描いている。

    ロリータ役のスー・リオンは非常に魅力的で、物語に説得力を与えている。しかし、一般的な「ロリ」のイメージよりも随分と成熟している印象があり、当時の規制から原作通りの設定を維持するのが難しかったため、ロリータの年齢が引き上げられたとのことだ。また、性的なシーンの削除やストーリーの短縮など、原作からの多くの改変があり、原作者のナボコフは不満を持っていたという。

    主人公のハンバートは実に不快で、ロリータを義娘にするために未亡人に近づき、父性を装って性欲でロリータを束縛していく。彼がどうにかなればいいのにと思いながら、2時間半が過ぎていった。

    クィルティの不快さもまた印象的だった。彼を演じたピーター・セラーズは『博士の異常な愛情』で一人三役をこなし、キューブリックから信頼を寄せられている俳優だ。この作品は比較的キューブリック的な要素が薄いが、彼の出演により不穏な雰囲気が醸し出されていた。

  16. ストラトファイター

    視聴2回目
    初めて観た時は決定的なシーンがなく、内容があまり理解できなかった。しかし、小説を読んだ後だと、このシーンがあったからこそこうした出来事が起こったのだと推測できるようになり、より深く繋がりを感じた。

  17. 石川哲

    2025年 70本目の鑑賞。キューブリック監督の作品としてはこの年2作目の視聴となる。

    この作品は、後にロリコンという語の語源となる題材を含むことで知られている。
    登場人物の一人は、他人の話を聴かず、すぐに感情的になってしまう性格として描かれる。
    冒頭のシーンの意味は途中まで掴めなかったが、終幕で伏線が回収され、物語の全体像が見えてくる。
    少女との接触を巡る描写には倫理的な論点が付きまとうが、登場人物の心理描写の深さには見応えがある。
    総じて、欲望と暴力をめぐる複雑なテーマを鋭く描く作品として、映画史の文脈で語り継ぐ価値がある。

  18. zxcv8

    見終わった後、名前が「ハンバート・ハンバート」とだけ呼ばれるだけで不気味だと感じる人がいるのは、驚きだ。

  19. めーやん

    スタンリー・キューブリック監督の長編映画11作品の中で、まだ観たことがなかった3作品を鑑賞しました。最初に観たのは『ロリータ』です。これはウラジミール・ナボコフの同名小説を映画化したもので、ロリータ・ファッションやロリコンという言葉の由来でもあります。ロリータに魅了される気持ちがわかりますね。『2001年宇宙の旅』と同じ監督の作品とは思えませんでした。改めて、キューブリックの多才さを実感しました。

  20. ミキモト ミキモト

    辞書の『これじゃない感』に挿絵を添えるなら、この映画をドラフト1位に推したい。

    ナボコフの原作を読み進めると、こちらはどうしても上澄み過ぎに感じてしまう。これが金魚すくいなら、たぶんかなり上手い部類だ。

    まず視覚表現の時点で、Lolita役のS・リオンは少女らしさが足りず、Humbert役のJ・メイソンは年寄り臭さが強い。露骨な性的描写はほとんど清浄化されており、ヘイズコードの影響による配慮はあるとしても、それだけだ。原作にあるぬめるタコの吸盤が一つ一つ眼になったかのような顕微鏡的観察眼のフェティシズムや、「やはりHENTAIは文豪」という魔力といった要素は、この映画のカメラには宿っていない。

    解釈のずれが際立つのは、ハンバートのキャラ設計だ。若い娘にのぼせ、鼻の下を伸ばしてばかりのジジイにしか見えず困る。原作で彼が表面的に積み上げた社会的地位や端正なルックス、知性、紳士的な振る舞いの下で蠢いていた「ニンフェット」への執着の説明が省かれているため、それを体現するはずのロリータとの衝撃のあり方が根本から変わってしまうのだ。

    自然とロリータとの関係性も変化してしまい、映画のハンバートは父親的にロリータを縛ろうとしつつも、結局いつもオロオロしており、尻に敷かれている印象が消えない。彼の傲慢さや妙な潔癖さ、中盤以降の読者の胸を痛ませる傷つけ合いは生まれようがない。

    このように原作と映画を単純に比べるのは無益と承知してはいるものの、映画ならではの方法で挑戦が見られればよかったという惜しさは残る。(1)

    映画として楽しもうとしても、構図や陰影の引力、花弁が開く瞬間を捉えたかのようなテーマ曲に惹かれる場面はあるが、全体としての掴みどころは薄い。定期的に挟まれる妙なコメディ的時間(母親とのやり取りや補助ベッドの場面など)が白けさを招き、もし時代設定が『アイズ・ワイド・シャット』の時代に作られていれば、という惜しい気持ちが湧く。

    ただ最後まで観終えてふと気づくのは、小説の過剰な引用や言葉遊び、暗喩、皮肉と自嘲に満ちた銘打ちの衒学をすべて削ぎ落としてしまえば、結局のところ「要するにこんな話」という極小さな核しか残らないのではないかということだ。

    原作の鏡写しの迷宮めいた謎が、ハンバートの暴走する自意識と防衛機制の表れだとするなら、その下にはこの映画版のジジイハンバートが見つからないこともあり得る。酔っていたときだけ妖しく見えた城も、素のままで一歩踏み込めば、冒頭でハンバートが踏み入れたクイルティの屋敷のように、ただの塊に過ぎなかったのかもしれない。振り返れば、ロリータに関わる人物は、ハンバートもクイルティも表層的な人間ばかりだった。

    この感覚は、終盤の別れと再会の場面の幻滅へと連なる。彼は最大限に重い罰を受けたようにも見え、それは原作から映画への一矢にもなり得たのかもしれない。

    いずれにしても、もし今作を映画だけで見たという人には、視覚的記憶を取り入れて原作と併読することを強く勧めたい。

    97年版はどうだったのかJ・アイアンズはかなりイメージに近い気がする。

    1 原作には「私の本を映画化したい人がいるなら、ここはぜひ、(中略)という場面を撮ってほしい」という、メタ的な一節がある。映画化の際にこの場面がどう扱われるか、期待していた人は少なくない。

    #読書と映画

  21. ズワイガニ

    関係の有無が不明なため、母親を邪魔しようとしたおじさんが勘違いしている印象を受けた。白黒の演出が「白夜行」を彷彿とさせ、ロリータの魅力が際立っていた。関係を持つ表現が規制されたらしいが、ホテルでのゲーム後に車内の距離感が縮まる演出は素晴らしかった。

  22. 山下和雄

     当時15歳のロリータ(スー・リオン)に対する愛情をどのように描写できるのだろうか。同世代の恋愛であれば、ありふれた物語かもしれない。しかし、中年のハンバート(ジェームズ・メイスン)という立場だからこそ、その愛情は不道徳として非難を受ける。だが、歳を重ねるにつれ、失われる若さの輝きに、逆に魅力を感じることもある。
     谷崎潤一郎の『痴人の愛』を引き合いに出すまでもなく、これは「痴人」と呼ばれるものかもしれない。それよりも軽度の若さへの異常な執着が至る所に存在することは明らかだ。推し活を見れば、中年や高齢の男性が若いアイドルに夢中になる様子が見受けられる。同様に、女性もそうした傾向を持っている。
     その点において、ロリータ(スー・リオン)への偏愛は、極めて普遍的な愛情を象徴しているといえよう。それだけ、私たちの内面には「痴人」が存在する。これを中年女性の少年への愛情や中年男性の少年への愛情、さらには中年女性の少女への愛情といった様々な形で表現でき、それぞれに異なる物語が生まれる。それは醜悪な不快な物語にも、純愛の物語にもなり得る。
     したがって、重要なのは、少女や少年の美しさを体現できる俳優を見つけられるかどうかである。スー・リオンを発見した時点で、この映画の成功はほぼ確実なものとなった。

  23. ろく ろく

    純愛映画だと感じた。セリフには深い意味が込められている。人生とはそういうものだろう。場面の展開も適度にあり、あっという間に見ることができた。現在の基準で、もう一度キューブリックに映画を作ってほしいと思った。