1986年10月10日に公開の映画「未来世紀ブラジル」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「未来世紀ブラジル」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
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未来世紀ブラジルのあらすじ
20世紀のどこかの国で、情報局の小官吏サムは、ヒーローとなった自分が天使のような娘と大空を飛ぶ夢想に耽ることで心を慰めていた。ある日、善良な靴職人がテロリストと間違われて処刑される。未亡人のアパートを訪れたサムは、そこで夢の中の娘と再会する。
未来世紀ブラジルの詳細情報
「未来世紀ブラジル」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
| 監督 | テリー・ギリアム |
|---|---|
| 脚本家 | チャールズ・マッケオン テリー・ギリアム トム・ストッパード |
| 出演者 |
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| カテゴリー | 映画 |
| ジャンル | SF |
| 制作国 | イギリス アメリカ |
| 公開日 | 1986年10月10日 |
| 上映時間 | 143分 |
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未来世紀ブラジルのよくある質問
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Q映画『未来世紀ブラジル』のあらすじはどのようなものですか?
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A
映画『未来世紀ブラジル』は、官僚的でディストピアな未来社会を舞台にしています。主人公のサム・ラウリーは、単調な役人生活を送る中で夢の中の理想の女性と出会います。現実でも彼女を捜すうちに、彼は巨大な陰謀に巻き込まれていきます。
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Q『未来世紀ブラジル』の監督について教えてください。
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A
映画『未来世紀ブラジル』はテリー・ギリアムが監督を務めました。ギリアムは奇抜で独特なビジュアルスタイルで知られる監督で、この作品もそのスタイルが色濃く反映されています。
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Q『未来世紀ブラジル』のテーマやメッセージは何ですか?
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A
『未来世紀ブラジル』のテーマは、官僚主義と個人の自由の衝突です。未来社会における個人の存在意義や、システムに対する反抗の難しさを描き、観客に強いメッセージを投げかけています。
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Q『未来世紀ブラジル』に登場するキャラクターの関係性について教えてください。
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A
主人公のサム・ラウリーは、夢の中で出会った理想の女性ジル・レイトンに現実でも出会い、彼女を助けるために行動します。彼の行動は、彼自身とジルの関係だけでなく、彼が属する抑圧的な社会にも影響を及ぼします。
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Q『未来世紀ブラジル』の制作背景や撮影技術に関する特徴は何ですか?
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A
『未来世紀ブラジル』は、独特な未来社会を描くために精緻なセットや独創的な特殊効果が用いられました。中世と未来が混じり合った奇妙な世界観は、ギリアムの想像力と美術チームの技術が結集した結果です。



未来世紀ブラジルの感想・評価
信じられないほど不思議な世界を実写で表現できるとは 理解はできなかったけれど、その異様さに惹かれて見入ってしまった。
もしフランツ・カフカがジャン・コクトーの時代を生き延び、映像の時代へと繋がっていったなら、彼はこう撮っただろうか。僕にはそんな風に感じさせる作品だ。
監督テリー・ギリアムについて詳しくはないが、その生い立ちやフィルモグラフィーを眺めると、カフカ的テーマを貫く作家というよりは、AとBの交差点に立つ作家だと見える。AB(AかつB)と表される共通部分を感じさせる。
その後の『12モンキーズ』を観れば、彼は本質的にはロマンティストだろうと推測される。
一方、フランツ・カフカにはロマンの要素はなく、あっても摘み取られ踏みにじられる運命として描かれる。学生時代から少しずつ読んできた中で、29歳の頃に身につまされるようなリアリティを強く感じた。二十代という屈託に満ちながらも疑いようのない青年期が終わろうとするなか、それまで寓話のように読んでいた物語に底知れぬリアリズムを見つけた。
ある日突然、日常的に使っていた論理や道徳が通じなくなる瞬間。周囲が一斉に裏切るように見える。しかしやがて、そうではないと分かってくる。まともな道だと信じて歩き続けた結果、分水嶺を越え、引き返せない迷路のなかで1人取り残される。
カフカが代表作『変身』や『城』などに描いた風景は、『未来世紀ブラジル』と同系統にあるように思う。情報省に勤めるサム(ジョナサン・プライス)は、カフカの境遇と重なる部分がある。僕の実感としても、その風景はますますリアリティを増している。カフカの作品はその後の僕の人生の予言書でもあった。
システム(管理社会)が個人を圧殺する恐怖。表現するなら罪はシステムにあるようにも見える。しかし本当におそろしいのは、むしろ自らシステムに殺されることを望んでいるとしか思えない、総体としての群衆性だろう。
それは想像力の放棄から始まる。カフカと同様に、このことを本作は描いている。
*
一方、それと別の要素として、本作と『12モンキーズ』に描かれたディストピアの深層には、陶酔的な初恋の感覚が潜んでいる。囚われの美女を繰り返し見る主人公の視線は、モテない少年が冴えない大人へと変わる甘美さを持つ。
僕自身、元々はそのコースを辿るはずだったはずだが、心の変容が外見にも影響し、周囲から美青年と呼ばれることもあった。いずれにせよ、外見が美しくなるほど内面的なロマンは鋭く沈んでいく、というのが僕の実感だ。
そして『未来世紀ブラジル』では、カフカ的ディストピアの要素とロマンティシズムが分かち難く同居しているのに対し、『12モンキーズ』ではロマンティシズムの要素がより色濃く表れる。個人的には、そのロマンの味わいのほうに強く心を惹かれる。
怖さが強すぎて、発狂寸前だった。幽霊よりも、官僚的な人間支配のほうがよっぽど怖いと感じる。ブラジル行きの飛行機で観た『アイムスティルヒア』の印象が頭の中で結びつき、余計に不安が募った(タイトルが『ブラジル』ということと、アリ・バホーゾの「ブラジルの水彩画」が多様なアレンジで反復される点も強く印象に残る。実際のブラジルは官僚主義とは無縁の社会だと知っているのに、という思いもある)。
それはともかく、映像そのものがとても面白い。元の世界がダクトだらけのシュールな設定ゆえ、リアリズムと幻覚表現の境界が曖昧になる。見分けがつかないのに物体感が立ち上がってくる瞬間が、観る者をワクワクさせる。紙のやり取りをするダクトを詰まらせて破壊する場面は、特に快感を覚えるほど気持ちよかった。
現代の閉塞感を見つめると、この映画は荒唐無稽なSFにも見えなくなり、むしろ重く感じられる。
ブラジルの軍政終焉の時期と公開時期が重なる点には、何か関係があるのだろうかと気になる。
本作は、ジョージ・オーウェルの『1984年』が描く全体主義的な悪夢を、テリー・ギリアム監督独自のブラックユーモアとバロック的な映像美で再構成した、20世紀SF映画の金字塔である。単なるディストピアの表現にとどまらず、管理社会における個人の尊厳と、狂気を救済として描いた点で、その完成度は非常に高い。
物語は、情報省が支配する官僚化された近未来を背景に展開する。ここでは、一匹のハエの死骸から生じた印字ミスによって、善良な市民がテロリストと誤認逮捕され、拷問の末に命を落とすという不条理が横行している。この冒頭のシークエンスは、本作が描く世界の非人間性や、システムへの盲従が引き起こす恐怖を痛烈に示している。
特に、本作は「幸福」の定義についての問いかけが際立っている。主人公サム・ラウリーは、英雄として空を舞う夢想にふけることでしか、息苦しい現実から逃れることができない。彼が迎える結末、すなわち精神の完全な崩壊は、一般的にはバッドエンドと見なされるかもしれない。しかし、ギリアムはこの悲劇的な結末を逆説的に「魂の解放」として描写している。システムが肉体を拘束し破壊しても、精神の自由までは奪えないというメッセージは、情報化と監視が加速する現代社会においても、強烈な批評を持ち続けている。本作は、カルト的な人気を超え、映画史における芸術的高みに位置づけられるべき作品である。
【監督・演出・編集】
テリー・ギリアムの演出は、モンティ・パイソン時代から培われたシュルレアリスムと過剰な装飾性を融合させ、ユニークな視覚体験を生んでいる。広角レンズを多用した歪んだ構図は、登場人物たちの精神的圧迫感を視覚的に表現し、観客にも同様のクローズ感を与えることに成功している。編集では、夢想シーンの浮遊感と現実世界の機械的で冷酷なリズムの対比が鮮やかで、特に、現実がサムの夢を侵食し、夢と現実が混在するクライマックスの展開は、混沌の極致でありながら計算された演出の白眉である。
【キャスティング・役者の演技】
サム・ラウリー役のジョナサン・プライスの演技は、繊細かつ悲哀に満ちている。彼は、ただ平穏に過ごしたいと願う小市民的な弱さと夢の中で英雄として振る舞う高揚感という二面性を見事に表現している。特に終盤での、拷問によって精神が崩壊し現実世界から切り離された瞬間に浮かぶ微笑みは、映画史に残る名演技である。彼の存在がなければ、荒唐無稽な物語に観客が感情移入することはできなかったであろう。
ロバート・デ・ニーロが演じるタトルは強烈なインパクトを残しており、非合法な配管工としての彼は、「自由」と「アナーキズム」の象徴である。デ・ニーロの軽快な演技は、停滞したサムの日常に対する強烈なアンチテーゼを生み出し、物語にダイナミズムを与えている。
キム・グライストが演じるジルは、サムの幻想の天使であり、そのギャップを巧みに演じている。彼女はサムにとってロマンティックな憧憬であると同時に、彼を現実へと引きずり込むトリガーでもある。
マイケル・ペイリンは、サムの旧友であり拷問官を演じ、「悪の凡庸さ」を体現している。彼は良き家庭人でありながら、淡々と拷問を行う。その親しげな態度は、残虐行為が日常化した社会の狂気を際立たせている。
イアン・ホルムは、サムの上司を演じ、その責任回避にばかり汲々とする小役人としての悲哀と滑稽さを完璧に表現している。彼が見せる神経質な行動や部下への依存は、組織に去勢された人間像を強調し、脇役ながらも強い印象を与えている。
【脚本・ストーリー】
トム・ストッパード、チャールズ・マッケオン、ギリアムによる脚本は、緻密かつ重層的である。全体主義への批判というテーマを扱いながら、散りばめられたブラックユーモアが事態の深刻さを増幅させている。官僚主義において「書類」が人間より重要視される風刺や、テロリストの脅威よりも温水暖房や配管が生活を脅かすという設定は、日常に根ざした恐怖を生み出している。
【映像・美術衣装】
「レトロ・フューチャー」の金字塔となる本作の美術デザインは圧倒的で、ノーマン・ガーウッドによるデザインは20世紀初頭のモダニズムと産業革命期の美を融合させ、懐かしさと奇妙さを併せ持つ未来像を形作っている。特に、張り巡らされた「ダクト」は社会の血管であり、人々を束縛する鎖のメタファーとして機能している。衣装デザインを担当したジェームズ・アチソンは、1940年代のスタイルを基にしつつ、微妙な違和感を加え、時代不詳の異世界感を強調している。
【音楽】
マイケル・ケイメンによるスコアや、変奏されるアリ・バロッソの『ブラジル(Aquarela do Brasil)』の使い方は秀逸である。陽気なサンバのリズムが冷酷な管理社会の映像と重なることで生じる強烈な違和感は、サムの現実逃避への渇望を音として象徴している。悲惨なシーンで流れる美しい旋律は狂気と正常の境界を曖昧にし、観客を魅了する。
【受賞歴】
本作は独創性が評価され、ロサンゼルス映画批評家協会賞で作品賞、監督賞、脚本賞を受賞。第58回アカデミー賞でも脚本賞と美術賞にノミネートされ、その芸術的偉業は映画史に残されている。
作品[ブラジル]
主演
評価対象: ジョナサン・プライス
適用評価点: B8
助演
評価対象: ロバート・デ・ニーロ、キム・グライスト、マイケル・ペイリン、イアン・ホルム
適用評価点: 8(平均値切り捨て)
脚本・ストーリー
評価対象: トム・ストッパード、チャールズ・マッケオン、テリー・ギリアム
適用評価点: A9
撮影・映像
評価対象: ロジャー・プラット
適用評価点: S10
美術・衣装
評価対象: ノーマン・ガーウッド、ジェームズ・アチソン
適用評価点: S10
音楽
評価対象: マイケル・ケイメン
適用評価点: S10
編集(減点)
評価対象: ジュリアン・ドイル
適用評価点: -1
監督(最終評価)
評価対象: テリー・ギリアム
総合スコア:[88.7]
誤認逮捕された女性を助けるために、サムが奮闘する物語。近未来的なデバイスや景観が魅力的です。逃走シーンはまるでアトラクションのように楽しめました。整形に対する恐怖と、ラストの衝撃が印象的でした。バトルとその家族の苦境にも心が痛みます。
アリ・バローゾの『ブラジル』は、全編を通じて多様なアレンジが連続する作品だ。勇壮な行進曲、ロマンチックな旋律、不気味なBGMなどが同じ曲として繰り返し流れ、同じ楽曲が形を変えて流れ続ける点が強い印象を残す。管理社会の閉塞感を感じさせるメロディと、そこからの逃避を求めるメロディが共存するギャップが、この作品の緊張を支えている。
登場する建築について:
ポストモダン建築と産業遺産を取り込み、レトロフューチャーな悪夢的都市を描く。ピラネージの監獄を連想させる窮屈な立体空間は、視覚的に強い疲労感を生む。
アブラクサス(Les Espaces d’Abraxas): フランス、ノワジー=ル=グランにあるリカルド・ボフィル設計の集合住宅。巨大で新古典主義的・威圧的なデザインが特徴的だ。
効率を求めるシステムが逆に機能不全に陥る皮肉を描くブラックコメディ映画。『時計じかけのオレンジ』と同様、別次元の未来都市を描くSF要素を持ちながら、現実味は薄く、登場人物・風景・建物・言動が過剰に誇張され、観客は映画というよりコントを見ているような不条理さを味わう。救いようのないラストシーンは、制作会社のワーナー・ブラザースが削除を検討していたとの逸話があるが、監督は削らずに残した。これを通じて、抑圧された現実から空想の世界へ逃げ込む悲劇性が作品の核心であると読み取れる。
撮影はギリアム風の超広角レンズ(14mm・28mm)を多用し、人物をローアングルで煽って捉える手法が特徴だ。天井やパイプといった背景要素を強調し、人物がシステムに押しつぶされそうな閉塞感を演出している。その結果、登場人物が画面上から消えそうに小さく写り、現実感を喪失させる効果が生まれる。
特に印象に残る幻のシーンとして、主人公が日本の武士と戦う場面が挙げられる。日本武士の甲冑は電子回路でできており、敵の姿は主人公の倍近くの高さを持つ化け物のようだ。理由付けには疑問が残るが、未来都市の過剰な秩序を日本人や東洋的な硬い秩序へと重ね合わせた象徴的な表現と解釈できる。
本作と同様の都市テイストを持つ作品として『ブレードランナー(1982)』や『バットマン(1989)』が挙げられる。共通して見られるのは新古典主義とアール・デコのモチーフの活用だ。『未来世紀ブラジル』ではディストピア的世界観の構築にこれらの美学が重要な役割を果たす。ブレードランナーでは、背景のディテールとしてアール・デコと新古典主義がディストピアのリアリティを形成し、バットマンの劇中車・ビル群も虚構性と物質性を両立させるアール・デコの象徴として機能している。
思っていた内容とは異なり、魅力的な世界観が広がっている。観ることで掃除や整頓への欲求がかき立てられる作品。
SF映画ならではの独特な世界観が印象的だった。夢の中で出会った女性を現実で追い、結ばれるまでを描く物語。序盤はSF寄りの雰囲気だが、やがて夢はファンタジーへと転じ、最後は不条理劇へと展開する。彼女と結ばれてハッピーエンドを迎えるのかと思いきや、予想外の結末が待っていた。不気味な世界観が全体を支配し、不条理劇が進む様子は私には面白さより不気味さが勝つ映画だった。しかし最後まで見られる強度はあり、退屈にはならなかった。
「好きそうだから」と強く勧められて観賞したが、結局そこまで没頭できなかった。主人公、世界観、映像どれにも強く心を動かされなかったのだろう。ディストピアではあるが近未来感は乏しく、街はダクトだらけでまるで工場のよう。息苦しさはひしひしと伝わる。監督テリー・ギリアム自身が『未来を舞台にしたものではない』と語る通り、未来感を強調する作品ではない点も納得できる。街に設置されたFRESH AIRを吸う住人の描写は、空気の悪さを象徴的に示している。
物語の要所は書類第一の官僚社会。手続きのためには部署をたらい回しにされる現実は、現代社会の痛烈な風刺として刺さる。サムが違反行為と過失致死を経てジルのトラックに乗る展開は、反逆者扱いかと思いきや、捕らえられた直後には情報剥奪省へ戻され、エリートな省でなお居場所が与えられていることに驚かされる。こんな硬い社会で、コネがあれば叱責だけで済むというのは強烈な皮肉だ。
デ・ニーロが演じるタトルは作品の清涼剤のような存在で、非常に魅力的。阿片的な緩さと寡黙さが混在するタトル像は、本作の魅力の核のひとつだ。ラストで現実ではないがジャックを撃ち殺す場面は痛快で、デ・ニーロがジャック役として名を馳せた過去を踏まえても、タトル役の説得力は大きい。侍の場面は監督の黒澤への愛情表現とされるが、こうした象徴的な演出が作品の層を作っている。
夢に現れる赤子の顔の亀のようなクリーチャーは強いインパクトがあり、視覚的には躊躇いなく不気味さを放つ。だが物語の中でその影は薄く、拷問室はX-Menのセレブロに似ていて、当時としては珍しくないショック要素だった。ハッピーエンドが幻想オチという展開も、公開時点では新鮮さを失ってはいなかった。
ディストピアとしての設定は確かに重厚だが、国民の自由度は想像より高く感じられ、世界観の描写には一貫性がある一方で、明清時代の中国と大差ない印象も受ける。食事はディストピア的だが、美容整形は選択肢が豊富で医師の施術法も自由に考えられるなど、世界観の詰めが甘いと感じる場面もある。意味が分かりにくい作品が好みの人には魅力があるかもしれないが、本作は意外と理解できる要素が多く、予想以上に新鮮味が薄い。とはいえ、過度な期待を抱かなければ普通に楽しめる作品だというのが総括だ。
久しぶりの視聴
世界観やセット、設定を楽しむ作品であり、ストーリーにこだわる必要はない。
自分の備忘録として、陰キャの主人公が夢の中で出会った美女を救う物語。最終的には全員が死に、いわゆるエセSFとして楽しめる作品。
– ストーリー(脚本)
– キャラクターの魅力
– 演技力
– 映像美(撮影・カメラワーク)
– 音楽・効果音
– テンポ・リズム
– オリジナリティ
– 世界観の作り込み
– テーマ性・メッセージ性
– クライマックス
最初は退屈に感じたが、最後の20分で展開があり楽しめた。映像も魅力的だった。
軽い気持ちで観始めたはずなのに、視聴者に相応の負荷をかける作りだった。まず全体的に長尺で、ちょこちょこ挟まれる小ネタがテンポを崩し、だんだんイライラしてくる。さらに主人公が狂人的な設定のせいで、物語が加速しそうな場面で立ち止まるところが多く、そこがあまり好みではなかった。
視聴は半分ほどで、意味不明な映像が連続するだけ。どこが面白いのか見当がつかない。助手席に座っている男の表情には、裏拳をくらわせたくなるほど不快だった。結局、最後まで観ても全く面白さを感じられなかった。
「27B-6の伝票を持っているのか?」インチキSFと揶揄される世界観。デ・ニーロはこんな演技もできるのかと、思わず感心してしまう。鉄と配管だらけの閉塞社会を舞台にした『未来世紀ブラジル』というタイトルには、心を掴まれる。
ディストピア料理、世界観が素晴らしい!
タトルのガジェットがスタイリッシュ。
2025-78