1949年9月13日に公開の映画「晩春」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「晩春」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
晩春が視聴できる動画配信サービス
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晩春のあらすじ
黒澤明や溝口健二と並ぶ日本の巨匠・小津安二郎の名作。父と娘の深い絆が心に響くファミリードラマ―――
妻を失った曾宮周吉は、娘の紀子と二人三脚の生活を送っている。婚期を逃しつつある娘を思い、周吉は彼女が自分を気遣いすぎているのではと心を痛めていた。そんな折、紀子は周囲の勧めで見合いをすることに。縁談が進展すると、周吉は次第に寂しさを感じるのだった・・・・・・。
本作では、平凡な家族の日常を淡々と描く小津監督のスタイルが確立されている。
晩春の詳細情報
「晩春」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
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晩春のよくある質問
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Q映画『晩春』のあらすじはどのようなものですか?
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A
『晩春』は小津安二郎監督による1949年の映画で、結婚をためらう娘と彼女を心配する父親の物語です。娘の紀子は独身であり続けることを望むが、父親は娘の将来を案じて結婚を勧めます。この状況が引き金となり、家族と人間関係を織り交ぜた深いドラマが展開されます。
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Q『晩春』の主な登場人物とその関係性を教えてください。
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A
『晩春』の主な登場人物は、父親の周吉と娘の紀子です。紀子は結婚を考えないまま父親と暮らしていますが、周吉は紀子を幸せに導くために彼女に結婚を勧めています。この父と娘の関係が物語の核となっています。
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Q映画『晩春』の監督と制作について教えてください。
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A
『晩春』の監督は、日本の映画界を代表する小津安二郎です。彼の特徴的な演出スタイルが作品に深い感動をもたらします。また、小津作品の常連である脚本家の野田高梧が脚本を担当しており、巧みなストーリーテリングが光ります。
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Q『晩春』のテーマやメッセージは何ですか?
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A
『晩春』のテーマは、家族の愛情と別離です。娘の将来を考える父親の思いと、一緒にいる時間の限界を描くことで、親子の愛情がどのように形作られ、その後どう展開されるかを探っています。
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Q映画『晩春』はどのように評価されていますか?
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A
『晩春』は、小津安二郎の代表作の一つとして高く評価されています。特に、淡々とした語り口と細やかな感情表現が多くの批評家と観客に賞賛されています。時間を超えて親しまれる名作として広く認知されています。



晩春の感想・評価
濱口竜介の作品に触れるきっかけとなる本を読み、その余韻を胸に映画を鑑賞しました。こんなにも素晴らしい映画を観ていなかったことを後悔するほどで、出会えたことを心から嬉しく思います。
台詞は軽快さと素朴さを兼ね備えつつ、意味を強く伝える言葉が丁寧に選ばれており、無駄がなく感受性に訴える表現が抜群でした。
ラストの周吉の場面は、映画全体で交わされる様々な感情や考え方(幸福とは、結婚とは、など)を背景に、周吉がついていた嘘が最後まで残ることで強い余韻を生み出します。顔のアップが過多でなくても伝わる表現力には圧倒され、思わず涙がこみ上げました。
もし私の父親がそんなふうに言う人だったら、私はお嫁に行けなかったかもしれない。ある女性からそう言われた経験のある僕にとって、普遍性を語る前に、この映画は決して他人事ではない。
女性の心情を体感として知りつつも、男である私は笠智衆のようにそう言わざるを得ず、実際そんなことを口にしてしまう。仕方ないじゃないかと、えなりかずきのように振り返りながら思う。
そして、この美しい映画の美しさは、父と娘の物語を超え、日本のある時代を一枚の心象として映し出した点にある。ノスタルジーやセンチメントを超える語り口は、ただ美しく残る。
さらに進む先には、さらに結晶した美しさがあると感じ、静かに圧倒される思いにとらわれる。それは結局、『東京物語』へと到達し、『秋刀魚の味』へと受け継がれていく。
周吉(笠智衆)の娘・紀子(原節子)がなぜ嫁ぎたがらなかったのかは、普遍的な感情として僕にも理解できる。しかし同時代を生きた日本の女性たちにしか、彼女たちにとっての本当にナイーブな部分は分からない気もする。
だからこそ、小津安二郎はこの映画を撮り、撮ることができたのだろう。周吉と紀子が京都を旅したとき、紀子に向けて周吉が口にした言葉だけが理由ではないように思える。
周吉はこう語る。「結婚が初めから幸せだとは限らない。幸せになるには1年、10年、もっとかかるかもしれない。お前のお母さんだって最初から幸せだったわけではない。台所の隅で泣いている姿を何度も見た。結婚とは、若い二人が新しい人生を切り開き、幸福を築いていくものなのだ。それが人間生活の歴史の順序なのだよ」
なるんだよ、幸せに。
そう言う周吉の言葉に、紀子が特に動かされたわけではないのはもちろんのこと、この作品が真に伝えようとしたこともまた、おそらくここにはない。父と娘の別れを感傷として描いたわけではなく、感傷をともなう別れをモチーフとすることで、時代が宿す気配や、時代それ自身を小津は撮った。
そのようにこの作品もまた、当時の時代性を超えて、今という時代の子として生きる私たちの時代性に、深く響くことになる。普遍的であるということは、ある特殊を普遍的に語ることではなく、普遍的なまなざしの中に、ある特殊を見つめることのように思えてならない。
またそれはおそらく、倫理の問題でもある。
いつも同じ人ばかり出てくる気がする
今どきの若者たちは確かにそうだ
やはり締めのまとめは圧巻だ
価値観にはどうしても馴染めない部分があるが
言葉の選び方はさすがだ
初めての小津安二郎作品を観ました。思いがけず笑いが生まれました。笑えるとは思っていませんでした。しかし、まだ本気を出していないような余裕も感じられ、今後の展開に期待が高まります。
不潔だと思うものに自分が染まってしまうことは避けられないそんな折り合いをつけるのが人生だと信じて観ていた。ところが、女学生の集団が通り過ぎる場面が流れてきて脱帽した。無垢でいられない業の話として受け止めたせいか、ラストは凄まじかった。
他の小津 films にはないほど、原節子が演じる紀子の喜怒哀楽の表情が際立って描かれており、特に印象的でした。
物語の中盤、物語の転換点ともいえる重要な場面の直前後に長尺の能の場面が挟まれているのが新鮮。画面は静かなのに、観客にはまさに「ここから紀子の気持ちが動く」という流れが伝わってきます。
親友アヤとのパンを巡るやりとりも印象的で、紀子が「私だけ食べる」と言い、アヤが「私も食べるんだ。実は」と返す場面のテンポが、小津映画ならではの女性同士の会話の妙をよく表しています。
父親の面倒を見ているようで、実は依存しているというふうにも見える、そんな二人の関係性が浮かび上がります。紀子はまだ子どものまま、父のもとに居続けたいという感覚とともに、男という存在を自分の領域の外に置いているようにも感じられます。
序盤には紀子と服部という若い男性が浜辺をサイクリングする、極めて爽やかなシーンがあります。周吉はその服部を紀子に勧めますが、服部には婚約者がいると紀子に告げられ、周吉は落胆します。これもまた、自分の領域外の話として受け止められる出来事でした。
紀子の喜怒哀楽の表現が激しく、黙る場面も露骨で、子どもを見ているかのような描写が続きます。能の場面の直後、父の再婚相手らしき存在を知った周吉が「飯でも食って帰るか」と誘いをかけるのを紀子が断り、今まで横を歩いていたのに道の反対側へ小走りに移動して去っていく様子も、非常に子どもっぽい光景です。
それでも、いくら駄々をこねても、最終的には紀子は父親の説得に従う形で婚約を決めます。ただ、この作品の核心は婚約者そのものにはなく、娘が結婚して家を出た後に残る空っぽの家と取り残された父親の存在です。薄暗い家で一人リンゴの皮をむく周吉の姿は、物語の余韻として深く胸に沁みます。
自分の再婚話は、紀子を安心させるための一世一代の嘘だったのだというエピソードも明かされ、父の愛情の深さに胸を打たれます。
2025年12月16日
高校生の時にテレビで録画して観たこの作品が、私にとっての小津安二郎デビュー作です。当時はスピルバーグ作品にしか興味がなかったのですが、この作品だけは妙に惹かれた記憶があります。以来、なんと30年以上経った今、再視聴です。
今見ると、原節子さんは実に元気なお嬢さんを演じていました。高校生のころには彼女の落ち着いた印象が強かったのですが、自転車に乗ったり、取り込んだ洗濯物を雑に放り投げたり、再婚を堂々と「不潔」と言い切る姿は、少々驚きです。ファザコンや性への嫌悪、変化への戸惑いを、その表情で鮮明に演じています。
一方で、笠智衆と杉村春子は私より若い頃なのに、なぜか貫禄が漂っています。そして、この二人の掛け合いがまた絶妙におかしい。それは「面白い」というよりも「おかしい」といった感じです。
小津安二郎の映画は、ストーリーと画面の情報量が抑えられているためか、その余白に侘び寂びのようなものを感じます。シーンの切り替わりにはたっぷりの風景描写が挟まれていて、本当に素敵です。その特有の余白が時には笑いや涙を誘うところが、やはり小津は素晴らしいですね。久々に深く浸りました。一方、ストーリーは思っていた以上にドラマチックで、原節子さんの印象も新たに塗り替えられました。
週末は鎌倉や江ノ島までロードバイクで聖地巡礼に行こうか考えています。
『東京物語』は今なお普遍的なテーマを持っており、今観ても傑作だと感じますが、こちらは単に嫁に行けというストーリーで、さすがに時代遅れに感じます。高橋留美子の『めぞん一刻』を既に知っているので、もうこの作品は必要ないかなと思います(「時代遅れ」や「アップデート版を観た」から低評価をつけることが、未来の人類にとって良いと思っています)。
濱口竜介の他作と、本作の中での論評を楽しむべく鑑賞。映画自体は、当時の人々の価値観や慣習に対する考え方を面白く描いており、観る者を引きつける内容だった。ただ、やたらと「まあ、とりあえず感」が出てくるのは小津安二郎の影響なのか、当時の日本の作風なのか、思わずクスリと笑ってしまう場面もあった。
のりこはヘディ・ラマーに似ている。結婚式のシーンは特に美しい。
お父さんは本心をあまりさらけ出さず、感情表現も控えめだけれど、なぜか心に響く演技と演出がとても日本的だ。
時折挿入されるジョークが、今でも笑わせてくれるのが素晴らしい。
最後のシーンで『りんごの皮は上手に切れば長く切れるけれど、最後は必ず切り落とさなければいけない』というコメントを見ていたところ、りゅうせいが『でも芯は残る』と名言を残した。
映画を観る習慣が始まってから10年、ついに小津の作品を心から楽しめるようになったと感じ、感動しています。映画としてもドラマとしても、非常に見ごたえがありました。
あの穏やかな笑顔と社会的な正論が、本心を少しずつ押しつぶしていく感覚が、痛いほど理解できます。私の家でも結婚ではなく進学の文脈で似たようなことがありました。彼らが求めているのは、こちらの幸せではなく「普通」と「安定」であり、知っている道を歩んでいる身内を見て安心したいだけなのですよね。辛いものです。
時系列で小津安二郎の監督作品を観賞してきた結果、この作品にはいわゆる小津らしさの型がしっかり形を成していると感じられる。画面構図の美学、台詞のリズム、正面ショットの反復による会話劇、そして人生の哀愁これらは私たちが思い浮かべる小津安二郎像の象徴要素が凝縮されている作品だ。
父への依存心が強い紀子が、さまざまな理由をつけて結婚を頑なに避ける姿には、ややホラー性を帯びた緊張感がある。一方で、紀子と友人のアヤとのガールズトークは軽妙で楽しい。
「いいじゃないか熊太郎。強そうで」
2025_107
この時代の他作品にはまだ十分触れていないが、小津安二郎の映画はシンプルな演出でありながら、人物の情感を巧みに表現していると感じる。とりわけ、原節子と笠智衆の表現は対照的だ。原節子の笑顔は極めて美しい一方で、そのわずかな曇りが心の奥に渦巻く暗雲を画面全体に広げるように見え、ぞっとさせられる。対して笠智衆の訥々とした演技には、なぜか強い説得力がある。なぜだろう。
この作品では、原節子さんに非常に魅力を感じました。
感情がストレートに表現されていて、これまで観た小津作品とは異なる新しい印象がありました。
ファッションやメイク、街並みやインテリアには西洋の要素が強く、新鮮でした。
ゲイリー・クーパーに関するエピソードなど、笑える要素も豊富で、かなり楽しめました。私は小津作品が大好きです。
とはいえ、
独身の身としては小津作品を観るたびに耳が痛くなるような話が多く、特にこの作品では新たな人生を築くことに対して胸が痛む気持ちになりました。しかし、Wikipediaで読んだ壺についての蓮實重彦さんの論考を通じて、なるほど、そうかと納得させられました。
この作品は他のものとは少し違う感触があり、紀子の気持ちを考えながら観ていたのですが、果たして彼女はどんな気持ちを抱いているのか?本心は何だったのか、紀子に対して完全に共感できない点が心に残りました。
どう考えればいいのでしょう。
他の作品も見返して、さらに深く考察してみたいと思いました!
教文館の映像がこんなにも鮮明なのは初めて見た。拗ねている紀子がなんとも可愛い。 #街並み #東京 #昭和 #ジャポニズム #東洋の神秘 #禅 #鎌倉族 #上級国民
心からの大号泣
私も「My Heart Belongs to Daddy」です。