2003年5月17日に公開の映画「めぐりあう時間たち」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「めぐりあう時間たち」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
めぐりあう時間たちが視聴できる動画配信サービス
現在「めぐりあう時間たち」を視聴できる動画配信サービスを調査して一覧にまとめました。以下のVODサービスで「めぐりあう時間たち」が配信中です。
めぐりあう時間たちのあらすじ
1923年のロンドン郊外。病を癒やしながら小説『ダロウェイ婦人』を執筆していた作家ヴァージニア・ウルフは、胸に浮かんだ書き出しを口にする。「花は私が買ってくるわ」。時を越え、1951年、2001年――同じ言葉を口にして1日を始める女性たちがいた。
めぐりあう時間たちの詳細情報
「めぐりあう時間たち」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
| 監督 | スティーヴン・ダルドリー |
|---|---|
| 脚本家 | デヴィッド・ヘア |
| 出演者 |
|
| カテゴリー | 映画 |
| ジャンル | ドラマ 恋愛 |
| 制作国 | アメリカ |
| 公開日 | 2003年5月17日 |
| 上映時間 | 115分 |
めぐりあう時間たちの楽曲
「めぐりあう時間たち」の主題歌や挿入歌、サウンドトラックを紹介します。映像だけでなく音楽からも作品の世界を感じてみましょう。
- サウンドトラックThe Hours (Music from the Motion Picture Soundtrack)Philip Glass
めぐりあう時間たちを見るのにおすすめの動画配信サービス
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めぐりあう時間たちを無料で見る方法は?
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「Dailymotion」「Pandora」「9tsu」「Torrent」などの動画共有サイトで無料視聴するのは避けましょう。これらのサイトには、著作権者の許可なく違法にアップロードされた動画が多く存在し、利用者側も処罰の対象となる可能性があります。
めぐりあう時間たちのよくある質問
-
Q映画『めぐりあう時間たち』のあらすじを教えてください。
-
A
『めぐりあう時間たち』は、3人の女性が異なる時代で直面する一日の出来事を描く映画です。バージニア・ウルフの小説『ダロウェイ夫人』にインスパイアされ、彼女の作品と生き様を通じて3人の女性の人生が交錯していきます。
-
Q『めぐりあう時間たち』の主要キャストは誰ですか?
-
A
『めぐりあう時間たち』にはメリル・ストリープ、ジュリアン・ムーア、ニコール・キッドマンが主要キャストとして出演しています。それぞれが異なる背景を持つ女性を演じ、その内面の葛藤を深く描き出しています。
-
Q映画『めぐりあう時間たち』のテーマは何ですか?
-
A
『めぐりあう時間たち』のテーマは、人生の意味や自己の探求、そして時間の経過による人間関係の変化です。3人の女性を通じて、個々の選択がどのように形作られていくのかを描いています。
-
Q『めぐりあう時間たち』の制作スタッフについて教えてください。
-
A
『めぐりあう時間たち』の監督はスティーブン・ダルドリー、脚本はデヴィッド・ヘアが担当しました。音楽はフィリップ・グラスが手掛け、彼のミニマルな作風が映画の雰囲気を引き立てています。
-
Q『めぐりあう時間たち』の評価はどのようなものですか?
-
A
『めぐりあう時間たち』は批評家や観客から高い評価を受けました。特に、ニコール・キッドマンがアカデミー賞主演女優賞を受賞したことが注目され、その演技力が称賛されました。映画全体の構成や演出も高く評価されています。



めぐりあう時間たちの感想・評価
自分の理解力が足りないのか、内容を十分に把握できなかった。ネット記事では難解だと指摘されていて、むしろ安心した。もう一度読み返して、じっくり検討する。
かつてスクリーンで観たときは、ほとんど苦痛に感じられた。しかし、時間の粒子が鮮烈な印象を残し、10年以上経ってから再観賞すると、描かれたシーンが心に深く響いてきた。
そのため、原題『The Hours』は、映画に描かれた3人の女性の「時間」だけでなく、それを観る側の「時間」も示唆しているように感じる。
好きな映画を繰り返し観る習慣は持っていないが、あまり好きではなかった映画が年月を経て驚くほど美しいものに変わる経験がいくつもある。
普遍的に、人は時間の存在であり、自分の場合、その傾向が特に強いのかもしれない。そこで、記憶は静的なものではなく、動的に編み直されるものであると思う。
*
再観賞の際、原作小説の美しく均整のとれた構造がしっかりと伝わってきた。その背景のもとに、女性たちの生きる苦悩を、魂の領域にまで踏み込んで描写している。
登場人物は、3人の女性と1人の少年。
女性1:ヴァージニア・ウルフ(1923年・英リッチモンド)
女性2:ローラ・ブラウン(1951年・米ロサンゼルス)
女性3:クラリッサ・ヴォーン(2001年・米ニューヨーク)
少年:リチャード・ブラウン(1951年・米ロサンゼルス、2001年・米ニューヨーク)
映画はそれぞれの女性の日常を縦糸として描き、横糸にヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』を用いることで、彼女たちを構造的に繋いでいる。
ヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)は著者、ローラ・ブラウン(ジュリアン・ムーア)はその愛読者、クラリッサ・ヴォーン(メリル・ストリープ)はダロウェイ夫人と同じ名前を持つ。また、クラリッサの親友で詩人の少年・リチャード(エド・ハリス)はダロウェイ夫人の夫と同じ名前を持つ。これはローラが名付けたものだろう。
生と死を行き来する心が、時間の流れの中で揺れる感覚を非常に繊細に描写していることに驚かされる。この描写力自体に深い感動が宿っているのではないだろうか。また、これがヴァージニア・ウルフの作品の力でもあるかもしれない。
3人の女性たちの魂は、ドラマ的に対立するように構成されている。
女性1:ヴァージニア・ウルフ
才能あふれるが、女性としての尊厳を獲得しようともがきながら、その鋭い矛先によって封建社会の中でついに潰れてしまう。
女性2:ローラ・ブラウン
ウーマンリブ以前の時代に、平凡な専業主婦として夫に愛されながらも、満たされない思いを抱えている。
女性3:クラリッサ・ヴォーン
社会的地位が向上した21世紀に出版社に勤め、自立しながらも空虚さを感じている。
一見、クラリッサは、ヴァージニアやローラが得られなかったものを手にしているように思えるが、彼女の親友で詩人のリチャードにその空虚さを指摘され、動揺するシーンが描かれる。
3人の女性は、各々異なる社会的な立場や状況の中で、満たされることのない生を巡り、真綿で首を絞めるような時間を生きている。この切実な時間描写に圧倒される。実生活で類似の経験をしていなければ、この描写の価値を理解することは難しいかもしれない。少なくとも自分には、40代になることが必要だった。
また、全ての登場人物が現代のLGBTQとして描かれているが、彼らの苦しみは性的マイノリティによるものではない。本質的な苦しみではなく、こうした点が大人の成熟を感じさせる。
*
主要なテーマの描写と同時に、スティーブン・ダルドリーの作品として観ると、女2:ローラ・ブラウンの子・リチャードの運命が胸を打つ。母親を「怪物」と呼び、その象徴を自作の中で殺すことで逃れようとしたが、結局は窓から身を投げることになる。女たちの終わらない輪廻の中で、命を絶つ選択をするしかなかった。
つまり、『リトル・ダンサー』では希望へ跳躍した少年が、『The Hours』では絶望の死へと向かうことになる。こうしたフィルモグラフィの変遷には、ヴァージニア・ウルフを思わせる要素もあり、イギリスの一つの伝統なのかもしれない。
リチャードが自ら命を絶った後、クラリッサの元に現れるローラの描写には圧倒される。文学的才能を持つヴァージニアとリチャードは自死を遂げ、成功したクラリッサも空虚さを抱え、一見平凡なローラが最も命の炎を燃やしたように映る。
彼女は言う。「後悔しても意味がない。私は生きることを選んだ」。このセリフに重みを持たせたジュリアン・ムーアと、彼女の姿に動揺するメリル・ストリープの演技が素晴らしい。また、ニコール・キッドマンをこの作品で初めて美しいと思った。
このメンタリティは、時間が質へ転換する経験をしなければ捉えられないものかもしれない。冒頭で触れた原題『The Hours』が示すように。
少し長く感じたけど、最後まで思いっきり楽しめました。キャストは本当に最強でした。ヴァージニア・ウルフを演じた女優が誰か気になって、鑑賞後に調べてみたら、ニコール・キッドマンだったとは全く気づきませんでした。さすが、メイクとVFXの技術の高さには驚かされました。
本の紹介で視聴した作品が、視聴者に深く考えさせてくれるものでした。
たくさんの人の感想を聞いてみたいです。
生き方について、自分を犠牲にして生きるのか。
メリルさんの美しさが際立っています
ダロウェイ夫人も見たいです。
「女性や社会的弱者が主体的に生きられない時代ゆえにと構造を読み取る中で、感情移入もなく観た」2018年3月10日。
そのことをまったく忘れた状態で、初めての気持ちで再度観ました。
今こそと思ったものの、まだ早かったかもしれません。マイケル・カニンガムの原作『めぐりあう時間たち: 三人のダロウェイ夫人』もヴァージニア・ウルフの作品も未読です。
物語の構造には、単純ではない1対1の記号的関係性や、心の微妙な動きに対する自分の向き合い方が不足していることを感じます。しかし、この無限に続く時間の川に飛び込むことで、自ずと破滅が待っているかのような恐怖を覚える作品です。
観るにはまだ早かった。
豪華キャストに惹かれて観た映画『ダロウェイ夫人』。ニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープという錚々たる演技陣は圧倒的だけれど、物語は予想以上に重厚。私の頭がパッパラパーなので、結局何を伝えたいのか最後までつかめずに終わっちゃった笑。ダロウェイ夫人は実在する人物ではなく、小説の登場人物だよね。そういえばヴァージニア・ウルフの名前は耳にしたことがある。様々なレビューを読むと、この映画は原作のダロウェイ夫人を読んでいないと理解が難しい、という指摘が多い。自分の無知さにちょっと反省 リチャードは子どもの頃が可愛かっただけに、あの最期は本当に悲しい。ニコール・キッドマンの若い頃といえばステップフォード・ワイフ的な美人像が定番だけど、今回は真逆の役柄で、初めは頭が追いつかなかった笑
スティーヴン・ダルドリー監督の第2作。どうしても好みには入らない監督像だ。本作以降も印象は変わらない。丸の内ピカデリー2で鑑賞。
映画を観たあと、なんというか知るかボケ的な感情が止まらない。
鑑賞後も気になってダロウェイ夫人を読み始めました。
知るかボケがさらに加速。
いや、嫌いなわけじゃないんですけど、なんか
始まりから終わりまで緊張感があり、観終わった後の余韻が心に残る。生きることはそんなに単純ではない。
1941年、イギリス・サセックス。1951年、ロサンゼルス。1923年、イギリス・リッチモンド。2001年、ニューヨーク時代を超えて描かれる、悩める女性たちの物語集。何を伝えたいのか掴みにくく、最後まで観るのが大変だった。原作の『ダロウェイ夫人』を読んでいないと背景が理解しづらいのかもしれない。
作家と読者、そして現代を生きる彼女。三つの時代をシンクロさせながら、生きづらさの正体を浮かび上がらせる。自分を偽らざるを得ない世の中で、想いを封じてきた者たちが見つける幸福とは何か。多少難解さを伴いながらも、名優たちが織りなす高水準の調和に心を奪われる。
この作品は最初から最後まで、何が起きているのか掴みにくい不可解さが続く。自殺願望を抱える女性の内面を描くドラマなのか、それともその女性を理解できない男性たちの関係性を描くドラマなのか、観る者の視点は終始揺れ動く。メリル・ストリープとニコール・キッドマンが出演していなければ、最後まで観るのを諦めていたかもしれない。彼女たちの圧倒的な演技がこの不透明さを支え、登場人物の感情を鮮明に伝えてくれる。結局、最後まで見届けた自分を称えたい。
昨日、アラン・レネの「ジュ・テーム、ジュ・テーム」を観て、自然とヴァージニア・ウルフを思い浮かべました。今日はこちらの映画を紹介します。アラン・レネや「ダロウェイ夫人」のような、実験的な「意識の流れ」を追求した作品ではなく、むしろ整然としたミステリーとしてのカタルシスが巧みに織り込まれた、クラシックな文芸映画です。繋がり方にはやや作り込まれている印象もありますが、ウルフへのリスペクトはしっかり感じられます。20年以上前の作品だけあって、女性同性愛の描写には悲劇的な側面や暗さがありますが、それ以上にウルフのセクシュアリティに関する言及が重要な意味を持ち、その点が裏テーマとして展開されることでポジティブな作家論とも言えるでしょう。「ダロウェイ夫人」を読んだのは2年ほど前ですが、この映画を観る前に読むと、より深く楽しめることは間違いありません。これから観る方には、ぜひ事前にダロウェイをチェックすることをお勧めします。