女と男のいる舗道はどこで見れる?今すぐ視聴できる動画配信サービスを紹介!

4.4
女と男のいる舗道 映画

1963年11月19日に公開の映画「女と男のいる舗道」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「女と男のいる舗道」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。

女と男のいる舗道が視聴できる動画配信サービス

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最終更新日

女と男のいる舗道のあらすじ

舞台女優を目指すナナは、夢を追い求めるあまり夫と子供を置いて家を出る。夫の説得を振り切り、レコード店で働きながら自立するが、次第に家賃の支払いが厳しくなり、アパートの鍵を奪われる。管理人室に忍び込んで鍵を取り戻そうとするものの失敗し、映画館で『裁かれるゝジャンヌ』を観て涙を流す。生活が苦しくなったナナは、街角で声をかけてきた男に体を売ることになってしまう。

女と男のいる舗道の詳細情報

「女と男のいる舗道」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。

監督
脚本家
出演者
カテゴリー
ジャンル
制作国 フランス
公開日 1963年11月19日
上映時間 84分

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女と男のいる舗道のよくある質問

Q
映画『女と男のいる舗道』のあらすじを教えてください。
A

『女と男のいる舗道』は、孤独な若い女性ナナがパリで売春婦として生きる様子を描いた映画です。彼女は日々の中で様々な人々と出会う中、次第に自己を見つめ直すことになります。監督のジャン=リュック・ゴダールが手掛けています。

Q
『女と男のいる舗道』に登場する主人公ナナの魅力は何ですか?
A

主人公ナナは、無垢さと成長の過程をリアルに表現しており、その変化が人々の心を打ちます。アンナ・カリーナの繊細な演技がナナの複雑な感情を際立たせています。

Q
『女と男のいる舗道』のジャン=リュック・ゴダール監督の演出スタイルの特徴は何ですか?
A

ゴダール監督は、斬新な撮影技法や編集、即興的な演技を取り入れ、非線形な物語展開を特徴としています。本作でもその独特の芸術性と実験的なスタイルが存分に発揮されています。

Q
映画『女と男のいる舗道』のテーマやメッセージは何ですか?
A

『女と男のいる舗道』は、孤立、自由、社会への疎外感をテーマにしています。ナナの旅を通じて、自分自身の存在意義を見出すことの難しさと、それに伴う感情の複雑さが描かれています。

Q
『女と男のいる舗道』と同時期のジャン=リュック・ゴダール監督作品との比較点はありますか?
A

ゴダール監督の他の作品、例えば『勝手にしやがれ』と比較すると、どちらも革新的な技法を取り入れていますが、『女と男のいる舗道』はより感情的で詩的な要素が強調されています。これにより、観客に強い印象を与えます。

女と男のいる舗道の感想・評価

  1. 河野助三郎 河野助三郎

    眼力と本心の相関。ゴダールが愛した女、アンナ・カリーナを彼が誇示しているかのように思わせる作品。ゴダールによる「裁かるゝジャンヌ」という劇。ジャンヌは大衆を救い、神に愛されたが、神のような人間には憎まれ、焼かれてしまった。ナナはどうだろうか。結局、夢を追い求め、現実を知り、娼婦へと堕ちる。ジャンヌ同様に無惨な結末を迎える。皮肉なことに、「あのジャンヌ」のように輝きたかったナナは、結局その輝きを得ることができなかった。しかし、「あのジャンヌ」と同じように落ちぶれてしまった。アンナ・カリーナの眼力が増すにつれて、彼女の内なる感情が浮かび上がってくる。憎悪、悲壮、嫌悪、興奮。素晴らしい女優だ。

  2. いしぐり崇之

    今作では、トリュフォーの作品が登場する点が印象的です。アンナ・カリーナ時代の映画はどれも魅力的で、順位をつけるのが難しいです。各チャプターは一つの会話劇を重ねる構造で、ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』や『マグノリア』を思わせる静かな映像でも、見る者を飽きさせません。
    12章の中で、私は11番目のカフェでの哲学的な対話が特に好きです。
    観る人によってお気に入りのチャプターが異なるかもしれません。観終わった後には、劇中のキャラクターたちのように誰かとカフェで話したくなる映画です。

  3. nanasi

    『女と男のいる舗道』を鑑賞。ゴダールの作品に触れるのは初めてだったが、物語の本質を掴むのに時間を要した。私が好きなバンドの歌詞に『アンナ・カリーナは銃で撃たれて』という一節があって、これが元ネタだったのだと腑に落ちた。

  4. リョウジ

    この映画は、ある女性の悲劇を描いているにもかかわらず、悲劇性はあまり感じられない。アンナ・カリーナは美しさを持っているが、真にその美しさを引き出しているのは、ジャン=リュック・ゴダールの視線そのものである。

    オリジナルタイトル『Vivre sa vie : Film en douze tableaux』は、『私を生きる:12の断章からなる映画』という意味だろうか。この作品には、オードリー・ヘプバーンの『ローマの休日』(1953年)と似た幸福感が漂っている。それは、ある男性が愛した女性への視点から生まれているのかもしれない。

    ゴダールは確かにアンナ・カリーナを美しく描いているが、その美は男性の罪が暗い影を落としていることも十分に理解している。また、アンナ・カリーナもこのことを知っている。こうした共犯的な親密さが本作全体に満ちている。

    この幸福な共犯関係を象徴するシーンが二つ存在する。

    一つ目は、ナナ(アンナ・カリーナ)が映画館で『裁かるゝジャンヌ』を観る有名なシーンである。涙を流すジャンヌ・ダルクに共感し、ナナも涙を流す。涙の理由は、火刑を宣告されたからでもなく、娼婦としての運命に対してでもない。意味はなく、ただ雨が降り、光が射し込むように涙が流れる。ジャンヌが神の使者であるという啓示を受け取ったかのように。

    もう一つは、警察での取り調べのシーン。逆光で顔が影になったナナがこちらを向くと、タイプライターの音が効果的に響く。背景の窓枠は、まるでイエスの十字架を連想させる。ここに見える美しさは、間違いなく男性の罪、さらには映画そのものの罪かもしれない。しかし、その罪を見つめる視線にこそ、真の美が宿っている。

    12の断章から成るこのフィルムは、すべての章とカットが美しく撮影されている。美しさを追求しつつも、その感覚を放棄するように撮られていることが、ゴダールの特徴である。また、アンナ・カリーナの動きや仕草は可愛らしく、洗練されているため、私が女性だったら憧れたり反発したりしただろう。

    『勝手にしやがれ』(1960年)では男性を、『女と男のいる舗道』(1962年)では女性をそれぞれのモチーフにして、光と影、天と地のような対称性を浮かび上がらせているように思える。そして、真に描かれているのは男性や女性それ自体ではなく、男女の間に宿る罪や、その中に美を見いだす我々の視線ではないかと思う。

    ちなみに、私の妻はアンナ・カリーナに対して反発している。「11.シャトレ広場 – 見知らぬ男 – ナナが知識を持たずに哲学する」でナナが読書する老人と対話するシーンにおいて、妻は対話が成立しておらず、老人の語尾を取り入れて疑問形にしているだけだと言う。

    妻は、このテクニックが私と出会った頃に使っていたものであるため、理解できると言う。そういう意味で、彼女もまたアンナ・カリーナの季節を生きていたことを示している。そういえば、ナナの雰囲気は、当時の妻を思い起こさせる。

    フランス

  5. アオマル アオマル

    ジャン=リュック・ゴダール
    4.3 女と男のいる鋪道
    4.2 はなればなれに
    4.1 男性・女性
    1.0 気狂いピエロ
    1.0 勝手にしやがれ
    1.0 女は女である
    1.0 イメージの本

    中盤までは素直に楽しめたのだが、終盤の哲学的対話が過剰で、内容が筋ときちんと結びついているならまだしも、脈絡なく挿入して観客を煙に巻くような終幕には強い違和感を覚える。

    ゴダール作品にはこの傾向が見られるものの、単に派手さやベタさで評価を稼ぐだけでは傑作とは呼べない。

    哲学に限らず、原典を自ら読み解き、内容を噛み砕いて再整理してこそ意味が生まれるのに、それを脈絡なくセリフとして浴びせられても有用には感じられず、「スタイリッシュだから」といった理由だけで高く評価するのは安直だと感じる。

    レビューを振り返ると、「スタイリッシュさ以外の具体的な評価点」を挙げている人は少ない、というのが実情だ。

    本作の評価すべき点として挙げられるのは、娼婦デビューしたてで不慣れながらも男を誘惑しようとする場面と、手紙を書きながら身長を測るシーンくらいだ。しかし主人公の衒いは控えめで、減点要素が少ないため個人的には高評価に値すると感じている。

    「娼婦デビューする女性」というテーマはブニュエルの『昼顔』と共通するが、昼顔では「自ら進んで娼婦になったくせにプライドを捨てられないブルジョワ女」が描かれたのに対し、本作のナナは「プライドは早々に捨てているのに可愛すぎて娼婦として見てもらえない女」であるため、好感を抱きやすく仕立てられている。

    娼婦像の話題としては、ストリッパーを描いた『裸のマノン(2022)』も類似テーマの傑作だと個人的には考える。

  6. 鬼雀

    生きることに執着し、死を受け入れる。
    道を失いながらも、必死に自分の人生を全うしようとする女性。
    アンナ・カリーナは素晴らしい。彼女ほど煙草が似合う女優は他にいないだろう。

  7. ストラトファイター

    好きではない男性と過ごすことの苦痛は計り知れない。初めて娼婦として扱われたあの日、おじさんのキスを必死で避けた瞬間が忘れられない。短時間で得られる大金の裏には、時には命を落とす結果も待っていることに気づかされる。でも、それもすべて自分の選択の結果だ。

  8. ゆんちゃん ゆんちゃん

    女の踊りと口移しのタバコ。男と女二人が話しても、画面の中で互いの表情が見えないままだったのに、突然二人が見つめ合う瞬間にぐいっと心を掴まれて鳥肌が立った。心情の移ろいと機微が、言葉を介さずこんなにも伝わるんだ!最後に女が撃たれ、目を伏せるように地面を映してFIN。ダイナミズムがとんでもなく、最悪な話だけど。何か物の長さを測るとき、俺も親指と小指を立てて何個分になるか数えてみようかな。

  9. しんのすけ しんのすけ

    「愛は唯一の真実であるべきか?」

    「愛は常に真実でなければならない。ただし、そのためには熟達が必要だ。」

    カフェで哲学者との対話を聞いていると、愛は人の数だけ存在すると言えるが、どの愛も能動的なものであるという揺るぎない真実が共通しているように感じる。

    ゴダールの作品の中でも特に好きなタイプだった。フロムの『愛するということ』も再度読み返したくなる。