ホドロフスキーのサイコマジックはどこで見れる?今すぐ視聴できる動画配信サービスを紹介!

4.3
ホドロフスキーのサイコマジック 映画

2020年6月12日に公開の映画「ホドロフスキーのサイコマジック」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ホドロフスキーのサイコマジック」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。

ホドロフスキーのサイコマジックが視聴できる動画配信サービス

現在「ホドロフスキーのサイコマジック」を視聴できる動画配信サービスを調査して一覧にまとめました。以下のVODサービスで「ホドロフスキーのサイコマジック」が配信中です。

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ホドロフスキーのサイコマジックのあらすじ

アレハンドロ・ホドロフスキー監督の最新作『ホドロフスキーのサイコマジック』は、彼が創り出した心理療法「サイコマジック」の実際の治療プロセスを描いた映画です。過去の作品からの映像素材も交え、ホドロフスキーの映画に見られる多くのシーンが「サイコマジック」という技法によってどのように彩られているかが明らかになります。彼は自らをフロイトと対比させ、「サイコマジック」は科学に基づく精神分析的セラピーではなく、芸術としてのアプローチから生まれたものであると述べています。個人のトラウマに向き合いながら、社会的な実践「ソーシャルサイコマジック」の展開も紹介しています。

ホドロフスキーのサイコマジックの詳細情報

「ホドロフスキーのサイコマジック」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。

監督
脚本家
出演者
カテゴリー
ジャンル
制作国 フランス
公開日 2020年6月12日
上映時間 104分

ホドロフスキーのサイコマジックの公式PVや予告編動画

「ホドロフスキーのサイコマジック」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。

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ホドロフスキーのサイコマジックを無料で見る方法は?

「ホドロフスキーのサイコマジック」を視聴するなら、「U-NEXT」などの無料トライアル期間を活用するのがおすすめです。

「Dailymotion」「Pandora」「9tsu」「Torrent」などの動画共有サイトで無料視聴するのは避けましょう。これらのサイトには、著作権者の許可なく違法にアップロードされた動画が多く存在し、利用者側も処罰の対象となる可能性があります。

ホドロフスキーのサイコマジックのよくある質問

Q
映画『ホドロフスキーのサイコマジック』の基本的なストーリーは何ですか?
A

『ホドロフスキーのサイコマジック』は、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が提唱する精神療法「サイコマジック」を題材にしたドキュメンタリー映画です。実際のセラピーセッションや参加者の体験を通して、この独特の療法がどのように作用するのかを描いています。

Q
『ホドロフスキーのサイコマジック』で描かれるサイコマジックとは何ですか?
A

サイコマジックは、アレハンドロ・ホドロフスキーが発案した治療法で、象徴的な行為を通じて無意識に働きかけるものです。心理的な問題を解決するために、個人に合った独自の儀式やアクションを提案し、それを実行することで心の解放を促します。

Q
『ホドロフスキーのサイコマジック』の監督であるアレハンドロ・ホドロフスキーはどのような人物ですか?
A

アレハンドロ・ホドロフスキーは、チリ出身の映画監督、脚本家、俳優、そして著述家です。特に『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』などのカルト映画で知られ、映像の美しさや独特のストーリーテリングで注目を集めています。また、サイコマジックの創始者としても知られています。

Q
映画『ホドロフスキーのサイコマジック』の制作背景はどのようなものですか?
A

『ホドロフスキーのサイコマジック』は、ホドロフスキー自身が長年研究してきたサイコマジックを映像で記録し、多くの人々にこの療法を紹介したいという目的で制作されました。ホドロフスキーの個人的な経験やその哲学が強く反映されています。

Q
『ホドロフスキーのサイコマジック』はどのような評価を受けていますか?
A

『ホドロフスキーのサイコマジック』は、その斬新なアプローチとホドロフスキーならではの独自性により、多くの映画ファンや批評家から注目を浴びました。賛否両論あるものの、特異な視点からのセラピー手法を映像化した試みとして高く評価されています。

ホドロフスキーのサイコマジックの感想・評価

  1. 浩史 浩史

    怪しい宗教のようにも見え、非常に胡散臭く感じる。愛着障害を抱える人々が、あの謎の儀式で本当に変われるとは思えない。しかし、ホドロフスキーの独特なセリフには、どこか心を動かされるものがある。心をさらけ出し、すべての感情を破壊すれば、新しい自分に生まれ変われるのだろうか。

  2. 山嵐 山嵐

    ホドロフスキーが提唱したセラピーを、ドキュメンタリー形式で記録する企画の途中までを描く。儀式を通じて、明確に表情に活力が戻っていく様子が映し出される。単なる奔放さを示すのではなく、相談者が抱える『解放』『死』『自信』といった課題をたどるように、儀式が設計されている。場所も森や室内、教会、植物園など、相談者ごとに異なる。声を出すこと、身体に触れ合うことが儀式の根底にあると感じられる。儀式による身体と心の変化は、演技を通じて生まれる変化とほとんど同義であり、そこにしかない一度きりの身体・精神が現れるとも言える。台詞やアクション(大小を問わず)、さらには撮影場所をどう選ぶかによって、何が変化しようとしているのかを読み解き、構えを整える。一方、ロケハンの場面では「カメラを置く距離を確保できるか」が基準の一つとして挙がるという話もある。自由度の高いロケーションを選び、撮影中に選択肢を生み出せるよう、余裕を持ったバッファを確保するつまり、これから起こる事象を予測するだけでなく、現場そのものに最適な選択をその都度行う姿勢だ。

  3. ミルクセゐき ミルクセゐき

    最初は『ホドロフスキー、どうしたの?』と思ったけれど、元気そうで何よりだ。
    最初はホドロフスキーがどうしたのかと心配したが、元気そうで何よりだ。
    最初は『ホドロフスキー、どうしたんだろう?』と気がかりだったが、今は元気そうで一安心だ。
    最初はホドロフスキーに何かあったのかと心配したけど、元気そうで何よりだ。
    最初は『ホドロフスキー、どうした?』と気になる場面だったが、元気そうで一安心だ。

  4. 松岡禎丞

    ホドロフスキーって精神医学の専門家なの?もしそうなら、本当に驚きだわ。ただの映画監督だと思っていたから。

    そう考えると、創作って本当に面白いね。

    彼がやっていることは、一見正しいように見えるから、逆に危険を感じる部分もあるよね。医師でない人が医療行為をすることのリスクみたいな。やはり、トラウマ体験は良い面と悪い面の両方に影響を与えるから、注意が必要だね。

  5. ゆんちゃん ゆんちゃん

    最初に抱く印象は「一見ばかげている」ということだろう。写真を引き裂いたり、突飛な行為を求める処方は、通常の心理療法や科学的手法では乏しい根拠と見なされ、荒唐無稽に映ってしまう。しかし、そのばかばかしさの背後には、本質的な力が潜んでいるのかもしれない。

    言葉や論理では解決が難しい心の問題、例えばトラウマや抑圧された感情は、どんなに理論を積み重ねても消失することはない。そうした深層に働きかけるのは”象徴”です。象徴的な行為を通して無意識を刺激し、心を再構築するアプローチは、言語による解釈を超えた領域に向かう。

    実際に、象徴に強く反応する感受性を持つ人々にとって、それは演出以上のものであり、実感を伴う解放や変容へと繋がります。プラシーボや暗示と考えることもできるが、そこから得られる効果や体験の深さは軽視できないはずです。

    また、その行為自体が芸術的価値を持つ点も重要です。サイコマジックは、芸術とセラピーの境界を越える表現行為であり、ホドロフスキーにとっては、人を癒すことと芸術活動は密接に結びついており、その境界を曖昧にすることがサイコマジックの独自性に繋がっています。

    象徴的な行為が心に働きかける一方で、それが強烈な美的経験にもなるところにサイコマジックの本質的な価値があります。家族の写真を貼ったかぼちゃをハンマーで叩き割り、その残骸を家族に郵送するシーンは、思わず笑いがこぼれ、気分も爽快になるでしょう。

    ただし、怖いのは取り上げられるのが成功例だけである点です。象徴の扱いや処理を誤ると、逆にトラウマを深めたり心理的なダメージを引き起こすリスクもあります。

    サイコマジックを正しく行うためには、本人の苦しみを正確に言語化し認識した上で、その苦しみに対して適切な象徴的処理をしなければなりません。これがサイコマジックの難しさと責任だと言えるでしょう。

    父の金色のジャケットを身にまとったピアニストを見て、私は思いました。ホドロフスキーに施術してもらうのではなく、自分自身で心を動かすセルフサイコマジックを実践できれば、自分を治療したり、象徴と結びつけて自信や安心感を得られるのではないかと。この再魔術化のアプローチが、より普遍的になりますように。

  6. かず かず

    「ホドロフスキーのDUNE」を借りるつもりが、うっかり手に取ったのは「ホドロフスキーのサイコマジック」でした。さらにややこしいことに同じ系統の作品として「ホドロフスキーのサイコマジック・ストーリー」も存在します。紛らわしさはあるものの、せっかくなので視聴してみることに。

    開始早々、ホドロフスキー本人がにこやかに登場します。彼が提唱するのは「サイコマジック」というアートを基盤とした心理療法。タロットを用い、現在の状況に焦点を当てつつ、理解を深め、行動を促し、癒しへと導くというものです。従来の心理セラピーが医師と患者の対話中心で進むのに対し、サイコマジックは積極的な身体的介入が特徴。フロイト流の精神分析とは対極にあるとも言えるでしょう。要するに「ホドロフスキーじいちゃんのお悩み相談コーナー」を映像化したような印象です。

    作品は10組の相談者を追うドキュメンタリー形式。流れは、相談者が悩みを語り、ホドロフスキーが介入し、最後に相談者が改善した悩みが軽くなったと感想を述べる構成です。テレビの番組のヤラセではないかと勘ぐりたくなる場面もありますが、彼らは涙ながらに訴える場面が多く、演出だけには見えません。

    ところどころ、過去のホドロフスキー作品の映像が挟まれます。リアリティのダンス、エンドレス・ポエトリー、ファンドとリス、Tusk、ホーリー・マウンテン、エル・トポ、など。過去作を知っていれば、より深く響く作りです。

    印象的な相談事をいくつか紹介します。

    父に虐待され腎臓疾患を抱えるスペイン人男性。森で土の中に埋もれ、猛禽に体を突かれた後、全裸になり、牛乳のような液体を全身に浴び、赤い風船に父の写真をつけて空へ飛ばします。これが解放へとつながるのだそう。

    吃音に悩む中年男性へのセラピー。ホドロフスキーが「心の中の年齢は今何歳か」と尋ね、彼は「12歳」と答える。次に性の問いに踏み込み、全身を金色に塗って街中を歩かせ、睾丸を掴んで九九を唱えさせることで吃音が改善していきます。

    男性恐怖症で愛情に飢える若い女性。全裸で父を象徴する男と母を象徴する中年女性と抱き合う場面へ。後日、妊娠を喜ぶ様子へと人生が前向きに回り始めます。

    倦怠期の中年カップル。妻には8人の子どもがおり、望まれない子として育つ過去が。父の死去で達成感を失う夫と、母親役の女性と父親役の男性が全裸で絡み合い、最後には足に鎖をつけて街を徘徊することで変化が生まれます。

    月経の悩みを抱える女性。全裸で床の上に座り、経血で紙に絵を描く場面。別のチェロ奏者がチェロに経血を垂らして演奏する場面もあり、解放を実感する瞬間として描かれます。

    このような場面が次々と展開し、相談者はほとんどが全裸の状態で臨みます。賛否は分かれるかもしれませんが、登場する人々は真摯で、私自身も最後まで見入ってしまいました。劇伴も効果的に作用しています。

    この作品はある種の宗教的儀式のようにも映ります。相談者はホドロフスキーをグルのように信じ、彼の手法に身を委ねてこそ変化が生まれる、そんな空気感が強く印象に残ります。

    終盤は2011年、メキシコシティの死者の行進を背景に幕を閉じます。エンタメ性は高くないものの、鑑賞後に考えさせられる体験でした。もし今、何かに悩んでいるのなら、ホドロフスキーに相談してみるのも一つの選択肢かもしれません。

  7. 鈴木二郎

    サイコマジックは、行動を通じて意識ではなく無意識に働くセラピーだ。\nこのセラピーを受け、父親の虐待によるトラウマを克服した男性は、次のように語る。『誰かを愛したい 愛し合いたい。たとえ長く続かなくてもいい。結局、何事も永遠には続かない。』この言葉を聞いて、前向きに達観へと至る過程を克服できるのかと感動した。\nホドロフスキーの映画には、一見カオスで不気味だがアーティスティックな画が多く登場する。しかしそれらが実はサイコマジックに由来するものであると理解できる、そんな映画だった。\nおじさんが子供のような格好をし、子供のような遊びをする場面は、己の中の子供を解放する表現であり、やがて彼はホドロフスキーに触れ、自分が大人の男として心から実感する。\nその後、街を歩きながら堂々とペラペラと語る。訳が分からないまま訳が分からないものを作っているのではなく、明確な目的を持って表現していると感じた。\nハサミで切ることによって、他人に服を脱がされる行為は自分の意思ではなく、身に纏っているものを剥がされるという意味を持つ。いつか経験してみたい。\n行動によって無意識へ働きかけることが、心にも身体にも最も効くと心から確信している。\nスピリチュアル的な考え方にはそれぞれの見解があると思うが、私はスピリチュアルを信じている。(オーラが見える人やお金の匂いを感じる力には興味がないが)また、私は神を信じていないので神社は建築美や趣を楽しみに行く場所と捉え、神社でお金を使うこともない。そんな力は自分にはない。\nただし、女性には女性のパワーがあると思うし、芸術とスピリチュアルは切っても切り離せない関係だと考える。\n頭の中のモヤモヤや葛藤、自分の嫌な面と戦うには、サイコマジックはとても理にかなっている。

  8. ゆぴ ゆぴ

    文献で読み、心を深く揺さぶられたサイコマジックを、映像で体感できる喜び。次は経血を用いて自画像を描き、自分の創造性を再確認したい。第2弾として、サイコシャーマニズムをテーマにしたドキュメンタリーの制作を望みます。

  9. たなか たなか

    絶句赤裸々な表現。すごいセラピーのような映像体験。ホドロフスキー監督の体を張ったマッサージのように、現実離れしていて圧倒される。死の擬似体験風景を体感してみたいとさえ思わせる。埋められた体の上に群がる鳥たち。トラウマを風船とともに空へと解き放つ。出産を連想させるように、裸のままつれ合う夫婦。見ているだけで妙な気分になる。スピリチュアルな体験だった。衝撃的で、解き放たれる感覚だった。

  10. どりーん

    狂気とアートの交差点を体現した作品。ホドロフスキーの魅力を見事に映し出すドキュメンタリーとして、構成の妙が特に印象的だった。ホスピタリティあふれる監督のもと、患者たちと向き合う姿勢は素晴らしい。

    一方で、壮大な音楽を背に描かれる独特で奇妙な療法の様子は、私には松本人志のコントを連想させる場面もあった。