ラブレスはどこで見れる?今すぐ視聴できる動画配信サービスを紹介!

4.1
ラブレス 映画

2018年4月7日に公開の映画「ラブレス」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ラブレス」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。

ラブレスが視聴できる動画配信サービス

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最終更新日

ラブレスのあらすじ

一流企業で働くボリスと美容院を営むイニヤは夫婦だが、それぞれ別のパートナーがいる。二人は早く別れ、新たな人生を始めたいと考えている。しかし、12歳の息子アレクセイの存在が問題だった。いずれも新しい生活に息子を必要としていなかった。ある晩、二人は激しく言い争い、お互いに息子の責任を押し付け合った。その翌朝、学校へ出かけたアレクセイは姿を消し、ボリスとイニヤは必死になって息子を探し続けるがーー

ラブレスの詳細情報

「ラブレス」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。

監督
脚本家
出演者
カテゴリー
ジャンル
制作国 ドイツ フランス ベルギー ロシア
公開日 2018年4月7日
上映時間 127分

ラブレスの公式PVや予告編動画

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ラブレスを無料で見る方法は?

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ラブレスのよくある質問

Q
映画『ラブレス』のあらすじは?
A

『ラブレス』は夫婦関係が冷え切っている中年夫婦の物語です。彼らは離婚の準備を進める一方で、新しい生活を模索していますが、息子の失踪事件をきっかけに再び向き合わざるを得なくなります。彼の行方を追う過程で、家族の絆や愛の欠如が浮き彫りになります。

Q
映画『ラブレス』の監督は誰ですか?
A

映画『ラブレス』の監督はアンドレイ・ズビャギンツェフです。彼は緻密で感情を抑制した演出スタイルで知られ、家庭や社会の問題を鋭く描くことで評価されています。

Q
映画『ラブレス』で描かれるテーマは何ですか?
A

『ラブレス』のテーマは、愛の欠如や疎外感、現代社会における家庭の崩壊です。作品を通じて、人間関係の中での孤独や無関心が引き起こす悲劇が深く描かれています。

Q
『ラブレス』の主要キャストは誰ですか?
A

『ラブレス』の主要キャストには、マリーヤ・シャラエワやアンドリイ・ゴビリェフなどがいます。彼らはそれぞれ、冷え切った関係の中での夫婦や親の役を繊細に演じています。

Q
映画『ラブレス』はどのように評価されていますか?
A

映画『ラブレス』は批評家から高い評価を受けています。特に、その冷徹でリアリスティックな描写や、社会的メッセージ性の強さが称賛されています。カンヌ国際映画祭でも注目され、多くの賞を受賞しました。

ラブレスの感想のAI要約

ラブレスは離婚を巡る親の葛藤と、12歳のアレクセイの失踪を軸に、愛の欠如と無関心が生む破局を描く。富裕層の生活と緻密な映像美が対照を作り、自己中心的な言い訳が次々露わになる。捜索と社会の虚無が重なり、結末は解釈に余白を残す。観客は他者の痛みと子どもの安全を巡る倫理的揺らぎに揺さぶられる。

ラブレスの感想・評価

  1. ミルクセゐき ミルクセゐき

    本作は、産んでしまったことを後悔する母親、親権を押し付ける父親、そしてヒステリックに病んだ母親の母親という三者の関係性が、最悪の絆から子どもの失踪へと進む過程を緊張感豊かに描く。W不倫で子を放置し、愛人と逢瀬を重ねる父の姿が前景化し、ろくに愛を受けずに育った大人がセックスの瞬間だけ安堵を見いだすという描写が強く刺さる。良いベッドシーンは、前後の場面まで丁寧に切り取るべきだという信条を感じさせる。寂しさを煽る台詞「寂しくないんですか?」や「寂しがらないでね」といった鋭い言葉、父の会社が死別以外の離婚を許さないキリスト教原理主義の影を絡める演出は、テレビで流れる戦争の苦痛の叫びと、貧困や戦時下の方がむしろ愛を育みそうだと感じさせる結末へとつながっていく。ニュースを無視してルームランナーで走るラストには強い納得感があり驚かされるが、『ナミビアの砂漠』と比較すると、本作は希望を描く夢を見させる『チェンジリング』に対して、あっけなく絶望へと落とす潔い無力感を露わにしている。日本映画としてはすぐに“毒親”や“ネグレクト”といった分かりやすいテーマに寄りがちだが、本作は親の未熟さをまっすぐ映し出し、子どもの死と親の傷つきを同時に描く点で異彩を放つ。結果として、子どもは無惨に死に、親は傷を負いながら生きていく。

  2. みやこ

    モスクワを舞台にした現代ロシアの家族ドラマ「Loveless(愛の欠如)」は、離婚協議を進めるボリスとジェーニャの結婚生活の崩壊を軸に展開します。二人は“できちゃった結婚”だったうえ、互いに愛情が乏しく、12歳の息子アレクセイは次第に“障害”のように扱われていきます。すでにそれぞれに新しい恋人がおり、新生活を迎えることだけを望んでいるさなか、息子の存在は二人にとって面倒な現実でした。カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた本作は、題名の示すとおり「愛の欠如」が生む深い闇を描き出します。

    母ジェーニャはスマホの画面に没頭し、恋人とのやりとりに耽る日々。息子の世話には無関心で、父ボリスには若い恋人がおり、社内の保守的な方針を理由に離婚を公にせずにいます。ジェーニャは過去を乗り越えようとせず、恋人に愛される自分を求め続けます。一方、ボリスは自分の人生を優先させ、家族への責任感は薄れたまま。彼らは自分たちの幸せを守ろうとするが、アレクセイの存在は次第に軽視されていくのです。

    ある夜の激しい口論の末、息子をどこかへ引き取らせようとする二人のやり取りを、アレクセイは自室の隅で涙を押さえながら耳を澄まして聞いています。その表情は、胸をえぐるほどのショックと孤独を映していました。存在を認めず、互いを傷つけ合う両親の姿は、子どもの心にどれほどの影響を与えるのかを強く問いかけます。結局、2日後になってようやく家族は外部に救いを求め、捜索願いを出しますが、警察は「すぐ戻るだろう」と適切には動きません。

    民間のボランティア団体と協力して息子の行方を探す過程で、捜索は一丸となって進みますが、二人の関係性はますます冷え切っていきます。救助隊が森や廃墟を巡る中、親の無関心さは一層露わになり、彼ら自身がアレクセイの不在にどのように向き合うのかが問われます。

    なお、捜索の過程で遺体の可能性が浮上し、アレクセイに似た子どもの遺体が検視所へ運ばれます。ジェーニャはDNA鑑定を拒否する場面を演じ、息子の死の可能性を前にした複雑な心境を鮮烈に浮かび上がらせます。数年後、ジェーニャは裕福な恋人と高級マンションで暮らしますが、戦争報道に心を痛めつつも、心には生気がありません。ボリスもまた新たな子を授かるものの、自分の子に対して無関心な姿勢を貫き、かつてのアレクセイと同じ冷淡さを見せます。

    終盤、二人が暮らすアパートは新たな住人へと引き渡され、窓の外にはアレクセイが失踪前に歩いたとおぼしき寒々しい森が映し出されます。静かながらも力強い結末は、タイトル通りの「愛の欠如」を社会全体の問題として捉え直します。

    本作は、単なる子どもの失踪事件を超えて、現代社会に巣食う自己中心性と他者への無関心を浮き彫りにします。自分は愛されたいのに、誰にも愛を与えない人間が、親になる資格を持つのかという根源的な問いを投げかけます。毒親の恐ろしさと、それに直面する子どもの心理を冷静に描くドラマとして評価され、ウクライナ紛争のニュースが背景として流れるラストは、国と個人の対話が断絶していく現代社会への痛烈な批判として機能します。

    受賞・評価面では、カンヌ国際映画祭の審査員賞とアカデミー賞外国語映画賞ノミネートという栄誉を持ち、観る者に「愛を与える責任とは何か」を強く問いかける作品として語り継がれています。

  3. Kujira

    親系の設定が強く出すぎて、正直なところ物足りなさを感じました。無責任な描写が目立ち、淡々とした展開で起伏が乏しい印象です。妊娠中の描写については、もう少し配慮が必要ではないでしょうか?

  4. 中西智代梨

    ドイツ・フランス・ベルギー・ロシアを舞台に展開するドラマ。愛の反対は無関心その一言が胸を打つ。自己中心的な両親と、醜い大人たち。パートナーが変わっても学ぶことなく過ぎていく日々の虚しさ。やがて二人がまた次の相手を見つける未来を予感させる、記憶に残るラスト。アレクセイが耳にする両親の諍いに涙してしまう場面には、胸が痛む。ロシアで実際に活動しているボランティア団体「リーザアラート」が、物語に救いの光を添える。)

  5. こしあん

    限られた色彩で描かれる映像美に心を奪われた。愛の象徴は、やがて消えてしまう。

    冒頭から、息子の胸を締め付けるような演技に引き込まれた。その瞬間、こちらまで涙がこみ上げてきた。不自然さを感じさせない描写が、全体に虚無感を強く漂わせている。

    こんな家庭にはなりたくないと、心の底から感じさせられた。その一方で、愛の重要性を再認識させられるのだ。

  6. アオマル アオマル

    子供には何の罪もないのに、望まないのに産んだ親が完全に責任を持つべきです。子供が失踪しても、自分たちの欲求だけを優先し続ける姿には強い嫌悪感を抱いてしまいます。

  7. 石田彰

    愛の欠如ではなく、愛の消失。新たなパートナーとの生活に期待を寄せるロシア人夫婦の間で、少年は泣き叫ぶ。スマートフォンの画面に潜む個々の欲望の深淵に引きずり込まれるだけの、現代における人間性の喪失を少年の運命は冷酷に嘲笑している。モスクワ郊外の古びたアパート群と荒野を映し出す映像は素晴らしい。

  8. くいち

    家族の崩壊は、その家族の事情や個々の思いに限らず、経済思想や社会学、さらにはその結果に基づく政治思想、ひいては国のアイデンティティにまで影響を及ぼすことが、鮮明に描かれている。

    離婚する夫婦は新たなパートナーと生活を始める中、一人息子の親権を争うのではなく、まるで荷物のように押し付け合っている。そんな中、12歳の少年がたまらず失踪する。

    物語のクライマックスで、ウクライナ紛争(2014年-)の映像がテレビに映し出されるのは、ロシアとウクライナの関係が深い矛盾を抱えた家族のようであり、戦争の原因はかつての西側諸国との政治・経済・国体に関連する文明の衝突であることを暗示している。

    ズビャギンツェフの作品は、処女作『父、帰る』(2003年)から始まり、『ヴェラの祈り』(2007年)や『エレナの惑い』(2011年)に至るまで、このテーマを暗示的に扱っていると感じる。

    このような状況を描く際、単なるプロパガンダとして描くことは僕の映画観からは価値がないが、ズビャギンツェフの素晴らしさは、社会構造に根ざしながらも、個人の実存感覚として描写している点にある。

    この実存感覚によって、ロシアの状況が深いところで日本の状況ともつながっていることが示され、普遍性とはこうした経路をたどるものなのだろう。

    そのため、「子供が可哀想」といった単純な感情は、この映画において無意味であることもよく描かれている。この観点から物事を捉える限り、子供を傷つけている親もまた、かつて傷つけられた子供として「可哀想」となり、「可哀想」という感情を消費した後、発言者はすぐにそのことを忘れてしまう。

    メディアの欺瞞と軽薄さを見れば、このことは容易に理解できる。また、映画の中で描かれる現象に対して感情を消費した後、すぐに忘れてしまうような一部の映画ファンも存在する。

    すべてはつながっている。

    ロシア

  9. いくまる

    – 最後までモヤモヤが残る 自分の子どもを可愛いと思えず、育てられないと悩む親のリアルな体験談と成長のヒント
    – 子どもを愛せず育児に苦しむ親の葛藤と現実。成長へと導く実話とヒント
    – 愛せない親の現実と克服への道。最後までスッキリしない育児の物語

  10. ようび ようび

    一流企業のボリスと美容院を経営するイニヤは、現在離婚協議中の夫婦です。それぞれが新しいパートナーを持ち、新たな生活を始めるために早く縁を切りたいと考えています。彼らには12歳の息子、アレクセイがいますが、どちらも新生活に息子を必要としていません。ある日、激しい口論の中で息子を押し付け合ってしまいます。

    翌朝、学校に行くはずのアレクセイが行方不明になります。必死になって彼の行方を探す二人。しかし、夫婦の関係は最悪で、互いに顔を合わせれば罵り合い。恋人と過ごしているため、帰宅も遅く、息子は一人で寝ています。

    離婚後、どちらが息子を引き取るのか揉めるでしょうが、実際にはどちらも引き取るつもりはありません。息子はそのことに心を痛め、涙を流しています。そして、ついに失踪してしまいます。

    アレクセイが無事見つかることを願っていましたが

    救いのない物語で、結末もすっきりしませんでした。

  11. 加藤茂

    雪化粧の森の美しさに圧倒され、その構図に引き込まれた。
    登場人物たちは、父母ともに人間性に欠け、不倫相手たちもまた然り。うんざりするような人間関係が展開されるが、それでも観る者を惹きつける制作者の技術は見事だ。
    原題のНелюбовьは、「愛」愛любовьに打消しのнеが付いており、「愛に非ず」と読める(辞書には嫌悪や敵意などの意味がある)。愛に非ざるものを見せられつつ、「愛」という言葉が繰り返されることで、視覚と聴覚のギャップが心を揺さぶり、監督の巧妙な手法に巻き込まれていく快感があった。
    やがて少年の失踪事件というミステリー展開になり、頼もしいボランティア捜索隊の活動には期待感が沸いた。その際に感じたのは、フィクションとはいえ他人の不幸が面白いと捉えている自分のいやらしさだった。
    街に貼られたビラの近くを通る人々をカメラが捉えるが、それは何の関係もない通行人だった瞬間が、物語の虚しさを一層際立たせていた。
    ウクライナ戦争の始まりに関するニュースを、富裕層の主人公たちはどこか遠い内戦の話として無関心に眺めていた。愛の対極にある無関心とはまさにこのことだと実感した。

  12. 水依 水依

    小さな物語を巧みに大きな物語へと導く力がある
    愛せない親と愛されない子の乖離を描く話だったはずが、気づけばウクライナ戦争や社会不安をテーマにしていた

  13. hina0813 hina0813

    子どもの無事と将来の幸せを願いながら見守っていた。内容はとてもつらく、胸が締めつけられる。両親が見せる悲しみやパニックを偽りとは言えないが、どこか役割を演じているようにも感じられた。これらの人たちは今後、心からの幸せや愛を感じられる日を迎えられるのだろうか。できればそうした未来であってほしいと、私は強く願った。

  14. 中平一樹 中平一樹

    綿密に設計された構図の画面は静謐で、物語の中で感情移入が難しそうな夫婦を、距離を置いた視線で映し出す点に非常に適しており、強い印象を残した。

    ただし序盤は、長々とどうでもいい場面が続き、かなり辟易させられた。

    また、写真集のように美しく整った構図がある一方で、意図がストレートに伝わるショットも混ざり、全体としての徹底性には欠けると感じた。

  15. YMD YMD

    子どもの抵抗を描かない点自体が問いかけになっており、それがこの作品のインパクトを高めていると感じた。つまり、子どもの抵抗は謎で不在のままなのだが、だからこそ両親の欺瞞を露わにする力を持つ。メルヴィルの『書記バートルビー』を思わせるところもある。ただ、両親の自己満足を描く部分が冗長で、ややもったいないと感じる場面もあった。

  16. ゆぴ ゆぴ

    子どもを持たない方が良い人もいる。離婚寸前の夫婦は、12歳の子どもを互いに押し付けあい、罵り合っていた。その様子を、子どもは声を殺して聞いていた。
    ある日、子どもが忽然と姿を消す。夫婦はそれぞれ悲しんでいるように見えたが、その感情は一時のものに感じられた。その後、離婚し、各々の新たなパートナーと生活を始めるが、果たして自分の利益ばかりを考える人間に幸せが訪れるのだろうか。映画としては、時系列に淡々と物語が進んでいく印象が残り、日記をめくっているような感覚だった。子どもが犠牲になるストーリーは苦手で、星の評価も低めになった。

  17. 影造 影造

    しばらく前に視聴した作品で、レビューを書くのをすっかり忘れていた。時々思い出すことがある。自己中心的な大人に犠牲になるのは、常に子どもたち。しかし、大人になると、この自己中心な親たちが他人事ではなくなることを実感する。

  18. White Unicorn White Unicorn

    「惨たらしい」と表現せざるを得ない異色の作品

    そのおかげで、最近では稀に見る悪夢に悩まされました。

    アレクセイが声を押し殺しながらも泣き叫ぶような表情が、脳裏に焼き付いて離れません。

  19. もっち もっち

    2012年のモスクワ近郊。12歳のアレクセイは両親と郊外のアパートで暮らしている。離婚を巡る揉めごとが続き、アパートの売却話も出てくる。両親にはそれぞれ恋人がいて、子どもを誰が引き取るべきかという対立が深まり、アレクセイの居場所は不安定になる。そんな折、彼は突然行方不明となる。

    監督はアンドレイ・ズビャギンツェフ。脚本は監督とオレグ・ネーギン。2017年公開のドラマ映画である。

    【主な登場人物】
    – アレクセイ:ボリスの息子
    – アントン:ジェーニャの恋人
    – イワン:探索ボランティア
    – 刑事:多忙
    – ジェーニャ:美容院の経営者
    – ジェーニャの母:一人暮らし
    – ボリス:デスクワーク員
    – マーシャ:ボリスの恋人、妊婦

    【概要から感想へ】
    ズビャギンツェフは1964年生まれのロシア出身の男性。演劇学校を卒業して俳優として活躍後、2000年頃からテレビの制作に携わる。初長編監督作でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を獲得し、以後もパルムドールやアカデミー賞関連の栄誉に名を連ねる。本作は彼の長編5作目にあたる。

    現在はフランスを拠点として活動しており、家族の葛藤を緻密に描くドラマの名手として知られる。ロシア国内のあるあるを扱うかは定かではないが、普遍的なテーマへと昇華させる作風が特徴だ。結婚は二度目で、子どもは一人という背景を持つ。

    本作には、愚痴や不満、激情が散りばめられている。喧嘩の激しさや怒鳴りあいが中心となるが、必ずしも深い考察を促す場面は多くない。それでも、普段は発言を控える人や、共感を得られる人々の支持を集める構図には説得力を感じる。

    恋愛と家庭の葛藤を映し出す手法について、監督の性別観や視点の一般化には賛否がある。とはいえ、物語が進むにつれて現実とフィクションの境界が曖昧になり、観客の共感を誘う局面も生まれる。

    『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』の近藤監督の推薦も話題となる。

    ️‍🩹〈序盤〉
    不思議に長いBロールと壮大な映像。極寒の地では風景だけで孤独や寂しさが伝わる。崩壊寸前の夫婦関係が描かれ、些細な喧嘩が愛の枯渇を露にする。演出の格好良さが光り、家出経験がある人には特に刺さる描写がある。

    近年のドラマでも家庭内トラブルと児童の安否をテーマにする作品はあるが、本作は原因と解決の構図を明確に描く点で異なる。愛情が回復の鍵となる展開が用意され、現実味とフィクションのバランスが取れている。

    序盤の印象として、愛情の欠落を問いつつも、観客が希望を見出せる余白が残されている。

    ️‍🩹〈中盤〉
    アレクセイの失踪が物語の核となる。事件発生前の恋愛描写が長尺で、登場人物の区別が難しく、誰が誰と関係を持っているのか把握しづらい場面もある。だが、緊張感は徐々に高まり、不可解さが物語を押し進める。

    ️‍🩹〈終盤〉
    失踪した後も世界は続く。自分が必要とされていないと感じる人間の孤独や絶望が映し出され、シュールさが強くなる。自意識の強さが人物の解釈を暴走させ、観客に強い余韻を残す。

    結末は欲張りなまでに解釈の余地を残す分岐型。未来へと続く複数の道を見せつつ、現実と想像の境界を揺さぶる展開が特徴的だ。淡々とした語り口の中に深い余韻が残り、近藤監督が意図した表現のエッセンスを垣間見ることができる。

    【映画を振り返って】
    登場人物が家族という閉じた空間で孤立していく姿を通じて、ロシアに限らず愛の不足や無関心といった社会的テーマを提示する作品として評価される。一方で、監督の視点が過剰なまでに自己を映し出すとの指摘もある。物語は、観客が自分の日常を照らし合わせる鏡として機能しつつ、世界のあり方について考えさせる。

    アレクセイは最も純粋な表現で感情を伝える。最初は子ども時代の演出のように見えたが、次第に記憶の扉が開く感覚を呼び起こす。親の喧嘩を間近で見た経験を思い出す人も少なくないだろう。

    この映画は、結婚と子育てに伴う心のゆらぎをリアルに描くと同時に、捜索活動やボランティアの熱意と温度差を対比させる。捜索の取材が丁寧に描かれ、社会的な現実感を強く印象づける。

    ただし、監督の視点がやや過激に感じられる場面もあり、観客によっては受け止め方が分かれる。世界の醜さを過度に強調する意図が見える一方、作品全体としては人間の複雑さと繊細さを捉える力に優れており、観客の心に残る余韻を生み出す。

    総じて、本作は家族の葛藤と失踪という題材を通じて、現代社会の孤立とつながりを鋭く見つめ直す作品である。観客は自身の日常を重ね合わせつつ、他者の痛みや温かな結びつきを改めて認識させられるだろう。