1983年6月4日に公開の映画「家族ゲーム」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「家族ゲーム」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
家族ゲームが視聴できる動画配信サービス
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家族ゲームのあらすじ
優秀な兄とは対照的に問題を抱える中学3年生の弟、沼田茂之。高校受験が迫る中、3流大学の7年生・吉本勝という少し風変わりな男が家庭教師として現れる。暴力的な性格の吉本は、勉強法だけでなく喧嘩の技術まで教え込み、茂之の学力は次第に向上していくが…。
家族ゲームの詳細情報
「家族ゲーム」の制作会社や監督、キャスト、主題歌アーティストなどの作品に関する詳しい情報をまとめています。作品づくりに携わったスタッフや声優陣をチェックして、より深く物語の世界を楽しみましょう。
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家族ゲームのよくある質問
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Q映画『家族ゲーム』のあらすじはどのような内容ですか?
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A
映画『家族ゲーム』は、中流家庭の沼田家に家庭教師の吉本が雇われるところから物語が始まります。吉本は、問題児である次男の成績向上を依頼されるが、常識を覆す方法で家族の内部に変化をもたらします。家庭内の緊張や皮肉を交えたドラマが展開されるのが見どころです。
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Q映画『家族ゲーム』に登場する主要なキャラクターは誰ですか?
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A
『家族ゲーム』の主要なキャラクターには、家庭教師の吉本、次男の沼田茂之、その兄慎一、および両親の沼田一家が含まれます。吉本の非常識な指導法によって、家族全体が彼に振り回されることになります。
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Q映画『家族ゲーム』が伝えるテーマは何ですか?
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A
『家族ゲーム』は、家族の絆や教育のあり方について考えさせられるテーマを持っています。教育を通して浮かび上がる家族の本質や、表面上の平穏さと内側に潜む問題がテーマとして描かれています。
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Q映画『家族ゲーム』の監督は誰ですか?
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A
映画『家族ゲーム』の監督は森田芳光です。彼の独特な演出スタイルが、作品に深みとユーモアを与え、観る者に強い印象を残します。
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Q映画『家族ゲーム』はどのような評価を受けていますか?
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A
映画『家族ゲーム』は、日本国内外で高い評価を受けています。特にその独自のユーモアとシリアスなテーマの組み合わせが、観客や批評家から多くの称賛を集めています。



家族ゲームの感想・評価
面白かったけれど、心の中で深い意味を見つけることはできず、ただただ松田優作のかっこよさに魅了されながら観ていた。
スタイリッシュな映画だった。
観るべき気持ちはこれでいいのか。
この作品はコメディなのか、それとも極端にブラックな社会批判なのか。昭和生まれの私は、時代ごとの許容の差を強く感じる。今では許されない表現も、当時なら普通だったのかと思うと、楽しくはない。
結局のところ、”家族なんてこんなもん”というメッセージを描く作品だ。美しい理想像を描くことが映画の定番だが、それを真っ向から覆す作りには、時代への幻滅が底にあるのかもしれない。こんな家族が実在してもおかしくない、というリアリティを露骨に見せてくれる。
この監督の他作はまだ知らないが、愛や絆を大切にするがゆえの暴挙にも見える。誰もが愛や常識を取り繕いながら生きているそんな無関心な関係が社会の恥部として無言のうちに存在している、という冷徹な指摘が痛い。
私自身、無関心を知っているからこそ、観ていて楽しくはなかった。
ただ、当時の雰囲気や空気感には、どこか引かれるところがありました。
中高生の描写は生々しく、今の若い世代と比べると黒く濃い。髪は真っ黒で、メイクもまだまだ拙い。教師は完全な無関心ではないものの、上から目線なのは当たり前で、今とは違う緊張感があった。喫煙や暴力の場面もあり、昭和の社会の残酷さを感じさせる。母は専業主婦、父には敬語を使う昭和の家族像は衝撃的だ。現代とは異なる日常のテンポと価値観が、強く印象に残る。
家の描写も興味深い。団地なのか、間取りはどうだったのか。電話があり、電気が暗い。電気の傘には埃が積もっていて、細部まで丁寧に作り込まれている。
私の家は父が建築士だったので、ディスポーザー付きのシステムキッチンや、いち早く導入したウォシュレットなど、現代的な設備が普通でした。施主や見学に来る人の多い家だったので、壁紙や照明は一般的には新しく、面白い試みが多かった。友人の家の団地やマンションにも魅力を感じました。
とはいえ、昭和の記憶は基本的に封印しておきたいテーマ。邦画は触れるのが難しく、危険でもあると感じることがあります。
なんじゃこりゃあ。ツッコミがないまま、妙な空気がずっと続く映画だ。
そもそも最初の松田優作が巨大な団地を指して「沼田くんちはここですか?」と呟くシーンからして既におかしくて笑える。観客はすぐさま、普通に見せかけつつ、家族がラインのギリギリのところにいると分かる作りに引き込まれる。
一家の次男の成績を上げるために来た家庭教師が松田優作。次男は夕暮れを完全に把握する。映画自体が夕暮れを把握しにかかっているので、観客は常にヒヤヒヤし続け、目を離せない。
音楽は一切流れず、ある時は聴けると思えば無音。踊れるはずもない、一晩中の空気。
その一方で、咀嚼音やカチャカチャと食器の音、ドアの開閉といった生活音がこれでもかと鳴り響く。日常の細部まで音で支配されていて、何かを知ろうとする気配は薄い。
黄身をチュウチュウとすする伊丹十三の場面が、オフロでは豆乳をすすり、空虚な音としてジングーコーやセーブコーといった声が響く。音だけが象徴として立ち上がる。
家族それぞれが無自覚に白々しさをたたえ、横長テーブルを囲みながら肩を寄せ合うはずなのに、会話は内容は合っているのにバラバラに破綻しているのが丸わかり。
松田優作の最後の晩餐が動き出す瞬間。夜中に観て思わず声をあげて笑ってしまう。伊定十三の「お前、さっきから何やってんだ」という掛け声が、ようやくツッコミの始まりを告げる。いや、お前ら全部だ。
なるほど、これが『家族ゲーム』の真髄か。ヘリコプターの音で昼寝は一時のおやすみタイム。起きるか起きないか、そんなことを考える。
なんだかよくわからないけれど、すごく楽しかった。
難しい内容だと感じました。理解させようとしていないのか、好きな部分もありましたが、ストーリーには複雑な印象を受けました。最後の食卓がぐちゃぐちゃになるシーンには驚きました。家庭教師としての役割を終えたからこその行動なのか、家族に対するフラストレーションがあったのか、意図が掴めません。最初の人物紹介では、食卓を囲む形で1人ずつ紹介されていましたが、父親が黄身を吸うシーンが不気味でした。10年以上一緒に暮らしながら、その癖を知らなかった妻との関係も薄い気がします。松田優作の演技を楽しみたくてこの作品を観ましたが、まさか父親が伊丹十三とは思いませんでした!彼の雰囲気には驚かされました。松田優作は松田龍平に非常に似ています。
夕暮れの風景が連なる画面は、終始不穏で張り詰めた空気を作り出す。ときには妙におかしく笑ってしまう場面もあり、不思議でありつつ総じて気味が悪い。この不気味さと引くような感覚が、令和時代の空気のせいなのか、公開当時からの特徴なのかはまだ分からない。観終わってからも、この作品には妙な余韻が残る。そんな印象を持ちつつ、マヨネーズが食卓に置いてあるだけで、急に緊張感を覚えるようになってしまった。
シュールで不気味ながら、目を離せない魅力がある。
横一列に並んで食事をするシーンが強く印象に残る。
家庭教師によって家族は崩壊するのか、それとも元々壊れていたのか?
最後まで生々しい不快感が残る、意味深で謎めいた結末。この時代ならではの独特の魅力と、松田優作の素晴らしさが光ります。
三度目くらいの鑑賞だよ。
やっぱこの映画、好きだなぁ。
シュールな物語に、音楽が一切流れないという斬新さ。
個性豊かな出演者たちも魅力的。
母親役の由紀さおりののんびりとした演技がいい味を出している。
問題児の宮川一朗太の態度にはイライラするけれど、憎めないところがある。
「夕暮れ」の場面は特に見ていて笑ってしまう。
腹立たしく感じるのは、父親役の伊丹十三と、威張り屋の教師・大野だ。
こういう父親像、教師像って昭和の象徴だね。
それでもやはり光っているのは家庭教師・松田優作。風変わりにも見えるけれど、この映画の中では最もまともに見える存在だ。喧嘩の勝ち方を教えてくれるような大人は貴重だよね。水上バスに乗って現れる吉本の佇まいは、まるで私たちのヒーローのよう。ヒーローが愛読する本が「植物図鑑」なのも、なんだかしっくりくる。
横一列に並んだ食卓のシーンこそ、最大の見どころ。家族なのに向かい合わず、それぞれが別の方向を見ている。冷め切った家族の象徴なのかもしれないし、それがやがて「食卓ハチャメチャ=家族の崩壊」へと連なるのかもしれない。私が一番好きだったのは、茂之と土屋が喧嘩を乗り越えて心を通わせる場面。あのときも夕暮れだった。互いにちゃんと向き合えた夕暮れだったと感じられる瞬間だ。
ヘリコプターの音は一体何だったのだろう。私なりの解釈があるけれど、それはコメント欄のネタバレ欄に書いておく。みんなの解釈もぜひ教えてほしい。ネタバレOKでコメントしてくれると嬉しいね。
#森田芳光を観よう #その
最後まで非常に楽しめる作品です。もし幼少期にこれを観ていたら、笑いに対する価値観が大きく変わっていたでしょう。「沼田くんちはあれですか?」の時点でやられました。ツッコミがなく、全員が自己中心的で、他人に無関心。それが幼稚に見える一方で、他人に配慮しないことで解放されると、実はみんなこんな風に振る舞うのかもしれません。最後にやっとお父さんがツッコミを入れますが、そのタイミングには遅れを感じます。いや、本当にツッコむのですね。
初めて触れるジャンルだったが、正直違和感が強く気持ち悪さを感じてしまった。食卓の場面で視線が交わらず、独自の視点はあるものの面白さにはつながらなかった。私が家族のあり方について思うことと重なるせいかもしれない。松田優作は初見だったが、奇妙さが先に立ち格好良さは伝わらなかった。登場する女性たちが男性に媚びている印象が強く、特に母親像には強い違和感を覚えた。専業主婦という生き方には自分には合わないと感じる。そもそも前提となる音声は聴き取りづらく、話者の声が小さくボソボソしていて内容に入りづらかった。
最後のめちゃくちゃなシーン、すごく良かったね!体裁を気にしていても意味がない。みんな自分のことで精一杯で、シュールで不気味な雰囲気が漂っている。
弟が母に生理について話す直前、兄と一緒に曲を聴いている場面で、母が妙に若々しく見えて可愛らしかったのが印象に残った。兄と吉本が会話するシーンは静止画のようだった。最後のヘリは、おじいちゃんを運んでいるのだろうか?
『黒い家』を観て、個人的に極上の体験だった。私はこの作品が好きで、期待通りに刺さった。張り詰めた狂気というより、たるんだ異常性のほうがむしろ心地よい。全編を通じて、監督のニヤリとした意図が伝わる作りが印象的で、独特の余韻を残す。
俳優陣では、松田優作を連想させる息子二人の面影が印象的で、この初出演作ながら存在感を放つ。会場ではおじさんを中心に笑い声がしばしば起き、場の温度が一瞬和らいだ瞬間もあった。
家族が機能不全に陥る描写は、現実の家庭にもあり得る普遍的なテーマだ。長く連れ添った伴侶であろうと、血のつながる子どもであろうと、互いの心を測り合えない瞬間は不可思議で、密にコミュニケーションを取っても少なからず生じる。特に思春期の子どもを持つ親には、強く共感できる部分がある。
吉本が茂之を矯正していく過程は、成績が上がることや喧嘩での強さ、攻めも守りも備えるといった変化を描き、問題児だった茂之の成長をやけに嬉しく感じさせる場面だ。
ラストへと向かう展開では、この家族関係を断ち切るべきなのかという問いが浮かぶ。ヘリの轟音の中、母と息子二人が眠っている理由は分からず、場の不穏さが残る。
それでもロケ地の魅力は抜きん出ている。倉庫街と真ん丸のガスタンクの組み合わせが画面越しに刺さる。晴海周辺だろうか、その風景だけでも作品の雰囲気を強めている。
何度も観ているが、最近原作を読んで再度視聴した。やっぱり面白い。あのころ新鮮に感じた表現が、今でも十分楽しめる。中学生って実際にこういう感じだよね(^^;
1) 当時は革新的な映画として高く評価されていたが、私にはその面白さがさっぱり伝わらない。結局、内輪だけで盛り上がっただけではないか。
2) 当時から斬新さを評価された映画だが、私には何が面白いのかよくわからない。内輪の盛り上がりに過ぎないのではないか。
3) 当時は革新性が評価された映画だが、私には魅力が掴めない。結局、内輪だけの盛り上がりだったのではないか。
ゆらゆら帝国を思わせる映画でした。
横一列に並んだ食卓や、隣り合う勉強部屋、先生と兄が並んでいるシーンなど、どれもまるで覗き見しているかのような感覚を味わいながら、まるでコメディを楽しんでいるかのようで、とても面白かったです!
国立映画アーカイブで昭和の名作に初めて触れることができた。森田芳光展の流れで、劇場での鑑賞が実現した。
物語は不気味ながら、映像は心地よさにあふれている。たとえば、部屋を横切る動きや、正面に現れる漁船、台所から居間を経て兄の部屋へと続く奥行き、校庭の俯瞰など。これらは「美しい」と押し付けがましいこともなく、しっかりと物語を語りかけてくる。兄弟が異なる階段から同時に駆け下りるシーンは「見かけは整っているが、実際はずれている」関係を示しているし、食卓で並んで座る姿からは「一緒に暮らしていても、お互いを見ようとしない」個々の孤立感が浮かび上がる。その間にある戸川純のようなキャラクターは、自らの世界を崩さない頑なさを象徴していて、痛々しく感じた。
物語自体は、昭和の時代の堅苦しい家父長制度や核家族化による閉塞感に対して、力強い反撃を加えている。あの伝説的な長回しには驚かされつつも、笑ってしまった。最初はバッドエンドだと思っていたが、実は逆で、再構築のための破壊を示している。実際、床に散乱した食べ物を片付けることでこそ、家族は初めて「向き合う」ことができたのだ。
松田の存在は、始まりから最後まで異物感を保ちながら家族に入り込んでいく。夢のようなクライマックスからは「こんな人が現れて、状況を大きく揺さぶってほしい」という願望が伺える。このキャラクターは、まるで『ファイトクラブ』のブラッド・ピットのような役割かもしれない。そしてこの作品自身が、昭和の日本に現れ、強烈な影響を与えた。日本映画史にいつまでも残る「異物」であり、後の時代に大きな影響を与えた傑作だった。
久しぶりに心から「映画を見る楽しさ」を実感した。最高だった。
「映画監督 森田芳光」を初めて鑑賞しましたが、これが面白い!
松田優作が演じる家庭教師の緊張感や、微妙な掛け合い、由紀さおりののんびりとした雰囲気、さらにはゴクゴクと響く効果音も印象的です。ラストの不穏なヘリの音がとてもカッコ良い。
今も残る月島の団地、そこに船でやって来る家庭教師、狭そうに横並びで収まる食卓、その周りを低空飛行するカメラワーク、すべてが完璧です。そして、クライマックスのカオスも素晴らしい。
この時、助監督だった金子修介監督が本屋の店員役として登場!
特集では、各作品のスタンプを集めるスタンプラリーを実施中(展示室も非常に凝っています)。「家族ゲーム」では、植物図鑑のスタンプをゲットしました。
松田優作は、こんなにも松田龍平に似ている。シーン単位の間を活かしたアドリブ風のユーモアは魅力的だが、それが連なっても映画としての一体感には結びつかない点が残念だ。
海風とともにやってくる家庭教師に思わず笑う。デカくて身体性のある松田優作を狭い集合住宅の室内へと押し込み、家庭のストレスと観客のストレスを同時に発散させる食卓の場面が印象的だ。会話と間の取り方が、映画の面白さを超えて笑いを生むため、同じ調子が続くとかえって単調に感じられる。中盤で眠気を覚えた。
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若き日の松田優作には、常に漂う不穏な空気と確かなコメディ感が同居している。これまでの映画体験では味わえなかった、気味の悪さと笑いの共存が立ち上がる瞬間だ。そのうえ画角・構図のセンスも抜群で、視覚的にも強い印象を残す。だからこそ彼の作品にはカルト的な人気が根付いている。
この映画、なんだこれ!戸川純の出演も話題だ。コロナ禍を思わせる食事シーンがシュールすぎる。何もない歯痒さで成立する異常さは、当時の普通だった光景が、いま見ればシュールなコメディとして浮かび上がってくる。ちゃぶ台を返したくなる衝動に駆られ、目玉焼きをチューチューしたいような不思議な描写も印象的だ。
家庭教師が学力を伸ばす一方、家族は誰とも向き合わないディスコミュニケーションを軸にした物語。横一列に並ぶ食卓は、対話を避ける日常の象徴。父性の不在の中、父と息子の会話は母親を介して行われ、やがて家庭教師が父の代わりを務める。終盤で食卓が崩れる場面が、このおかしさを露わにする。受験戦争や性別役割の変化、時代の転換点を背景に、これまでの家族像が変容する様子を、あえてコミカルに描く演出なのかもしれない。#家庭内ディスコミュニケーション
くらっと来た。
構図が完璧に決まりすぎて、連なるかっこいいショットが色彩と呼応し、質感を極限まで高めている。
普通のマンションの一室、ありふれた机を最後の晩餐を連想させる一列の机へと置き換えるだけで、異物感が招く不穏さと、同時に生まれるコミカルさ、そして謎めいた余韻が浮かび上がるのだと感心した。