2020年2月28日に公開の映画「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへが視聴できる動画配信サービス
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ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへのあらすじ
父の死を機に、長年距離を置いていた故郷・凱里へ戻るルオ・ホンウ。帰郷先で幼馴染の白猫(パイマオ)の死を思い出すと同時に、彼の心を長く捕らえて離さなかったある女性の幻影が彼を付き纏う。彼女は自分の名を香港の有名女優と同じワン・チウェンだと名乗る。ルオはその女性の面影を追い、現実と記憶と夢が交差するミステリアスな旅へと踏み出す……。
ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへの詳細情報
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ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへの公式PVや予告編動画
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感想・レビュー
「蜂蜜を食べないんですか?」とか「シルクもダメですか?」とか、いろいろ質問されそうだ。
夢の中で自由に振る舞われて、気づけばそれが終わってしまった。ただのオ︎ニーを見せられただけだったんだ!
本作は仮面とペルソナ、被り物が物語の核を紡ぐ幻想的な描写で幕を開ける。カツラにお面、被り物そのものが登場人物の心象を映し出す鏡となり、回る家、回る時計、回るラケットといった循環のモチーフが観客を反復と再生の世界へ引き込む。
ダンマイに住む牛骨のお面の子と赤髪の女は、主人公ルオの死んだ友人「白猫」と彼の母、そして髪を染めていた理容師のもう一つの姿として現れる。さらに、ルオと謎の女の間にも受け継がれるペルソナが存在し、卓球と松明というモチーフがその連関を示している。
金網越しに会話する赤髪の女と、金網越しに面会した女囚このふたりが同一人物である可能性を示唆する解釈も浮かぶ。つまり、あの女囚こそルオの母親だったのではないか、という推測だ。
もう一人の被り物をまとったカイチェン。鏡に映る彼女は、ルオが母から贈られた時計を受け取る場面と結びつく存在であり、母が若い頃に盗んだ緑の本、そして回る家と燃える家の記憶を知っている。彼女はルオと謎の女のペルソナと重なるように描かれ、亡くなった父と去っていった母の面影を呼び起こす存在として機能する。
終わりは始まり、花火は燃え尽きず、時計は円を描き続けるこの物語は輪廻のように閉じず、常に新たな形で開かれていく。乗り合いバスの停留所の場面で象が静かに座っている描写は、最後の静かな追悼を暗示するのかもしれない。炎と水、そして水草がソラリスを連想させる象徴群。燃える家と回る家はサクリファイスの意味を孕み、映画館の外の世界はノスタルジアへと誘う。
コップが落ちる場面はストーカーの視線を連想させ、映画館と幽霊、往年のスターは楽日を飾る要素として機能する。ある人物が他者へもらい火を託し、カラオケマイクの場面が緊張感を生む敵役としての叔父さんの配置は、決別と決意を象徴的に示す。結局、叔父さんへの愛情が筆致の中心にあり、一作目への思い入れは、初期衝動と経験値・資金の差が表出する音楽アルバムの1stと2nd、あるいはインディーからメジャーへの移行のような関係性に似ている。
二度目の鑑賞レビュー。夢のような世界観が印象的な一方、ストーリーは理解しづらい。眠気のせいもあって、なおさらつかみどころがなかった。
故郷に帰った男が、忘れられない女性の影を追い求める夢と記憶の物語。
この映画は、女性への執着や同じ女性を追うサスペンスに影響を受けており、ヒッチコックの『めまい』やタルコフスキーの『ストーカー』との類似性が際立っている。
60分間のワンカットによる長回しは、回想シーンを挿入せず、現在進行形で視点を提供する追体験を可能にし、映画が持つ時間超越の特性を活かしている。
観客を選ぶ作品であることは明白だ。
この作品はエンタメ以上にアート性が高く、本国での大ヒットぶりには正直驚かされた。2018年公開とは信じがたいほど完成度が高く、観終わったあとで公開背景を調べてしまう。撮影地の雰囲気がどこなのかと観客を引き込む演出や、このスケールでここまでアーティスティックな作風を実現した点には圧巻だ。現代ではこうした夢のような作風を追求するのは資金や興行の不安から難しいことが多いが、それを克服して実現した事実には感嘆する。夢のような映画が好きだと友人に話して勧められた作品で、部屋の中で雨が降るシーンはまるでタルコフスキーを連想させる演出だった。スナックのようなお店に集う女性たちが、当時の女優名を店名や登場人物名に使っているのも興味深い。特に後半の映画館シーンで、主人公が映画を観る場面をノーカットの長回しで撮影している点には圧倒される。ぜひこの監督の短編作品も観てみたい。どこかの配信サービスで公開されることを切に願っている。
故郷へ戻った探偵は、謎めいた女(タン・ウェイ)を追う。ストーリーを深く追いすぎず、気楽に観る方が楽しめる。後半の3D映画での超長回しは、眠気を吹き飛ばすほどの効果を発揮していた。
二日酔いの朝を繰り返し、ひたすら眠って起きてはまた眠る、断続的に夢を見続けているような感覚。過去と現在、夢と現実が入り混じり、五里霧中の世界へと引き込まれる。
撮影手法と演出は終始こだわり抜かれ、バリエーションの豊かさに圧倒される。前半は水や反射を活用した演出で幻想感を高め、現実との境界を曖昧にする印象的な場面が続く。随所に挿入される効果音と、全体に哀愁を漂わせる音楽が素晴らしい。中国語や中国風の音楽が生み出す大陸アジアのエキゾチックでノスタルジックな雰囲気が特に魅力的。
後半の長回しは圧巻で、終わりのない連続のように感じられる。複数の異なる世界観・シーンを空間的なつながりで一連の流れとして表現しており、規模の大きさのあまり理解が追いつかないほどだ。自然地形を活かしたセットも見事で、スケール感は圧倒的。空中を自在に飛び回るカメラは、ゆったりとした浮遊感の中で要所での演技とライティングが見事に噛み合う。特にビリヤードのシーンは緊張感が高く、見逃せない見せ場だった。
休日に美術館を一日かけて巡るような、余裕と静かな情熱を抱いて作品へ浸れる芸術映画だった。
2025-86 カシュガル発・上海行きの機内で中国のタルコフスキー
ストーリーの伏線や起承転結が少し分かりにくい部分もありましたが、その曖昧さや夢のような雰囲気が非常に魅力的でした。まるで全てが夢なのではないかと感じさせる世界観が印象に残りました。