2025年2月21日に公開の映画「ゆきてかへらぬ」を今すぐ視聴できる動画配信サービス(VOD)を徹底紹介。この記事では「ゆきてかへらぬ」のあらすじやキャスト・声優、スタッフ、主題歌の情報はもちろん、実際に見た人の感想やレビューもまとめています。
ゆきてかへらぬが視聴できる動画配信サービス
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ゆきてかへらぬのあらすじ
京都。まだ芽が出ない女優、長谷川泰子は、学生の中原中也と出会った。20歳の泰子と17歳の中也。
どこか虚勢を張りながらも、互いに惹かれ合い、一緒に生活を始める。価値観は異なるが、相手を尊重する気骨が共通していた。
東京。泰子と中也が新しく引っ越した家に、小林秀雄が突然訪れる。中也の詩人としての才能を誰よりも理解する男であり、中也もまた小林を尊敬していた。
男たちの親密な関係を目の当たりにして、泰子は複雑な気持ちを抱える。才気あふれるクリエイターたちの中で、どこか置いてけぼりにされた孤独を感じた。
しかし、泰子と出会った小林も、彼女の魅力に気づく。本物を求める批評家は、新進女優に本物を見出した。こうして、複雑でシンプルな関係が始まる。
重ならないベクトル、瞬間のすれ違い。ひとりの女性がふたりの男性に愛されること。それはアーティストたちの青春の一幕だった。
ゆきてかへらぬの詳細情報
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ゆきてかへらぬの公式PVや予告編動画
「ゆきてかへらぬ」の公式PV・予告編動画を紹介します。映像から作品の雰囲気やキャストの演技、音楽の世界観を一足先に体感できます。
ゆきてかへらぬの楽曲
「ゆきてかへらぬ」の主題歌や挿入歌、サウンドトラックを紹介します。映像だけでなく音楽からも作品の世界を感じてみましょう。
- メインテーマユーモアTatsuya Kitani
ゆきてかへらぬを無料で見る方法は?
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感想・レビュー
中原が贈った時計に向かって、小林が大事にしている壺を思わず投げつけてしまうシーンに笑ってしまった。
序盤から印象的なエピソードが多い。ローラースケート、柿といったモチーフが効いてくる。女性から金を借り、女郎を買ってくる、という場面の残酷さは好ましい。『それは君、天才故の早熟の不潔さだよ』『あぁ、不潔さだったのか』このやり取りは史実として記録されており、引用として理解できる。しかし私は中也の詩を大衆文学ではなく純文学だと捉えている。天才同士の繋がり故の反応だろうが、分かりづらい言い回しを直ぐに察する二人のテンポが、どうしても違和感を生む。意味のわからない視聴者を置き去りにするような態度は、天才の精神の自慰のように見える。どや顔が透けて見える。詩というものは自分の内で噛み締め、反芻して、身の内で反響していく理解の仕方であってほしい。とはいえそれが詩の理解の全てではないが、中也の詩にはそうした一匙の謎が残る。だからこそ、理解までのテンポが速いこの下りが嫌いだ。というよりは、この下りに対する泰子の嫌悪を描くことで感情移入を促そうとしているのだろう。故にそのシーン以降、理解しようと思うのではなく、何いってんだこいつ、のスタンスに切り替わってしまう。泰子の映画作を一緒に見て、カラカラと笑う中也の場面は好きだ。泰子の素を知っている中也だけがいろんなものが入り混じっている気がして、それが他の人間と受け取るものがまるで違う、そんな感覚。中也の孤独はビー玉の形をしています、というくだりも良い。その後の喧嘩も。「お人好しのコキュ野郎に乾杯!」なんか全部違う。殴りかかろうとする相手に対してわざわざちゃぶ台を避けて迂回するのもおかしいし、寝ようって時に自身の詩をどうだと言わんばかりに謳うのも違う。俺は中也の文章で悪人になるべき場所でお人好しになってしまったような印象を受けたのに、恩着せがましく荷物を持ってやる、ようなのも違う。解釈がどれも私と違う。それは映画にするための、作品として繋ぐためのものもあるのだろう。路面電車にひかれるかもというシーンはあんまりゆったりしすぎている。作品にするために史実と違う部分を作っている、そこは違和感が残ったが、「桜が散っているのではない、桜は散らしているのだ、そう思うと急にやりきれなくなってしまった。」「私は精神の深いところで彼と繋がろうとしたんです。」(お互いに気が触れた恋人同士の会話)良い言葉がいくつかあって良かった。
すずちゃんはこの時代のファッションやヘアスタイルが非常に似合っている。ヒステリックな泰子役も彼女にピッタリだ。友人たちの三角関係が展開され、最終的には泰子も小林も中原を深く愛し、三人は一緒に過ごしながら嫉妬し合っていたのだろう。つっかい棒が2本必要な泰子が、つっかい棒なしで歩き始める様子が印象的だ。
1925年頃の映画には、代わりにセリフを読む人が存在していたのだろうか。若くして亡くなった中原中也の葬儀で、広瀬すずが手を合わせるシーンを見て、人が亡くなると、その人に関連するすべての物語が終わることを改めて実感した。朝の歌は美しい。
汚れた悲しみに囲まれた、中原中也の物語。ヒロインの泰子と、中也の親友である小林との三角関係が描かれています。
中原中也を取り巻く環境は、彼自身を含めて非常にドラマティックです。映像は斜陽のようで、退廃的でありながらも輝いていて、心に響く良さがありました。
かつての元気で明るい広瀬すずさんとは異なり、今回の演技で大人の一面を見せてくれました。彼女の可愛らしさを残しつつも、なんとも美しい姿に感動しました。
さすが根岸吉太郎だと感じさせる惚れ惚れするシーンが数多くあった一方で、世界観へ没入するのが難しい作品でもあった。
鑑賞中、頭をよぎったのは三文芝居という表現だった。私のオールタイムベストを撮った根岸吉太郎の最新作がこれかと、哀しくも感じた。
リアリティだけが映画の要素ではないと分かっていても、すべてがごっこ遊びのように見えてしまう。大正時代も昭和初期も体験していない私には、そうであったはずだという感覚だけがひたすら伝わってくる、上滑りの130分だった。
セリフがいちいち詩的すぎる映画は苦手です。坂本裕二監督の独特な節回しも、最近は受け入れづらくなっています。まずい。
2025年97本目の鑑賞作️
映像の色味と、昔ながらの家のガラス戸の質感が特に好みだった。ストーリーは理解できる一方で、描けていない部分もあるように感じた。特に広瀬すずの狂気じみた演技が際立って良かった。木戸大聖もカッコよかった。
1924年、大正13年の京都。女優志望の長谷川泰子は20歳で、学生の中原中也と出会います。行く当てのない泰子は中原の下宿に転がり込み、彼との同棲生活が彼の創作活動に多大な影響を与えます。
映画は根岸吉太郎が監督し、田中陽造が脚本を手がけ、2025年に公開された歴史ドラマです。
【登場人物】
[小林秀雄]文学者。
[草刈民代]有名女優。
[鷹野叔]バイオリン奏者。
[富永太郎]中原の友人。
[中原中也]詩人。
[長谷川イシ]母。
[長谷川泰子]主人公。
【概要と感想】
根岸監督は1950年生まれ、東京都出身で、にっかつロマンポルノでの経験を積んだ後、21世紀には文学作品の映像化を専門としています。本作は『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』以来、16年ぶりの新作です。
脚本家田中は1939年生まれ、東京都出身で、代表作として『セーラー服と機関銃』があり、純粋な少女像や破壊願望を描いています。今回の作品は40年前に書かれた幻の脚本です。
主人公、長谷川泰子の自伝『中原中也との愛 ゆきてかへらぬ』も存在します。
〈序盤〉
市川崑を思わせる真上からの建物を見下ろす撮影が印象的です。構図が豪華で、見やすい引きの絵が多く、映像の品質が高いです。
中原中也は17歳の詩人で、金持ちの息子としての特権を持ちながらも、泰子に対する扱いが冷たく、天才らしさが伝わってこない中二病的なキャラクターとして描かれています。
無駄遣いを楽しむ彼の存在が、映画の面白さを際立たせています。
長谷川泰子は女優志望で、広瀬すずが演じており、豪華なセットに違和感なく溶け込んでいます。当時のファッションを身に着けた姿はまるで絵画のようで、このリッチな映画で主演できることは素晴らしい経験でしょう。
小林秀雄を演じる岡田将生は美男で、高身長ですが、彼の演じる役は嫌な性格のものが多く、今回の映画では深みを持たせた演技が光ります。彼が囁くと空気が変わるような魅力があります。
〈中盤〉️
男女の関係の葛藤が生々しく描かれ、登場人物たちの愛情の行き先が見えにくくなります。他の家族との比較の中で、自分の家庭の実情を理解する過程が描かれます。普段は見慣れたロマンティックコメディの単純な三角関係とは異なる深い部分を探ることに驚かされます。
〈終盤〉
破壊欲や嫉妬が絡み合い、手に入れた後は壊すだけという虚無感が伝わります。物語の展開には男の願望が影響しており、集中力を欠いている印象があります。
展開が唐突だと感じる場面もあり、キャラクターの深みが不足しているように思えます。
【映画を振り返って】🫀
エロゲーとの親和性があり、文学の世界に没入する感覚が強いです。この恋愛ドラマは他人を犠牲にすることの代償を描いています。
中原中也は1925年生まれで、山口県出身の詩人。幼少期から詩に関心を持ち、生涯をかけて取り組みました。
劇中では彼の多面的な人物像が十分に表現されておらず、制作側の視点が加わっていることが感じられます。
また、泰子をメンヘラとして描くことに対しては賛否があります。彼女の個性や人間関係の描写に、もっと深みを持たせてほしかったとの意見も見受けられます。
総じて、運命に翻弄される泰子の人生を描いた映画であり、ジレンマとリアリティが交錯しています。
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