焼けつくような痛みと興奮が心地いい 「孤狼の血」試写会レビュー
観終えたあとに、何か心がざわめくような、誰かと話したくて仕方ないような。そんな気持ちになる作品に出会えることは少ない。『孤狼の血』はまさにそうした希少な作品で、試写会から帰る道中も興奮が収まらず、喫茶店に入りひとりでボーッとしてしまったほどだ。
地上波では許されない暴力描写とエロス――。最初にキャッチコピーを見た時には、正直ちょっと「盛ってる」んじゃないかと疑っていた。今となってはあの時の自分を殴りたくなる。最初に断言しておこう。男くさい作品なのだろうと敬遠してしまったら、間違いなく後悔することになるはずだ。
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本作の舞台は昭和の終わり。暴力団対策法(暴対法)が施行される直前の、まだやくざが肩で風を切って闊歩していた時代。広島では広島仁正会系の五十子(いらこ)会と加古村(かこむら)組、そして尾谷組という暴力団が対立していた。そんな中、広島県警の「ガミさん」こと大上巡査部長(役所広司)のもとへ、兄が失踪したという女性が駆け込んでくる。失踪した男は呉原金融の経理担当・上早稲二郎。呉原金融が加古村組のフロント企業であることから、大上は失踪事件に加古村組が関与しているのではないかとにらむ。そして、この事件を皮切りに暴力団同士の抗争は激化し、大上と彼のパートナーとなった新人警官・日岡(松坂桃李)は、大きなうねりに身を投じることになる……。
冒頭から目を引くのは、大上の強烈なキャラクターだ。女性を取り調べるさいはマンツーマンで、というのが彼のやり方なのだが、その理由はすぐに判明する。上早の妹から聴取を行なった大上は、ずり下がったズボンをもぞもぞと直し、ジッパーを上げる。女性とよろしくやっていたのだろう。こんな行為は序の口で、捜査中に不法侵入に窃盗、放火を働くわ、酒をガンガン飲むわ歩きタバコをするわと、およそ警官とは思えない規格外の男なのである。
そんな大上と組むことになったのが、広島大学出身の生真面目な新米・日岡。上からの指示でしぶしぶ大上と行動するものの、しょっぱなから「やくざにケンカを売ってこい」と命じられ、ボコボコにされるという最悪の洗礼を受けるはめになる。当然、日岡は大上のやり方に反発を覚え、時には命令を聞かずに独断で動いてしまうこともある。
普通に考えれば、大上は権力を笠に着た悪徳警官であり、日岡が彼に疑問を持つのは当然のことだ。なのだが、大上と行動を共にするうちに日岡は――観ているこちらも――どうしようもなく大上に惹かれていってしまうのである。彼の破天荒さへの憧れなのか、己の信念を貫く生き様に心打たれてしまったからなのか、自分にはない熱量を見せつけられたからか。その答えは大上の「正義とは何じゃ」というセリフに隠されているかもしれない。
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大上という強烈なキャラクターを取り巻く面々もまた、実にギラギラした良い意味での曲者ばかり。神がかったキャスティングにはひれ伏すばかりである。
ガミさんは言わずもがな、最初は初々しい好青年という雰囲気の日岡が、大上との関わりが深くなるにつれて顔つきも変わっていく過程には引き込まれた。
真木よう子演じるクラブのママ、里佳子もいい。下ネタをさらりと流すような世慣れた女性でありながら、情念に満ちた女の顔を隠し持っている。そんなギャップが非常にエロく、どこかはかなげな部分も併せ持つ、女性の目から見てもしびれるような「いい女」だ。
組長不在の中、尾谷組の看板を背負う若頭・一之瀬を演じる江口洋介、涼しい顔で無慈悲な拷問を行なう加古村組の若頭・野崎を演じる竹野内豊も、この作品では「男」をむき出しにしていて気持ちいい。
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牙を抜かれてしまった男性だけでなく、女性にもぜひ劇場に足を運んでほしい。ひりつくような興奮と男たちの熱量に身を焦がす……一生に一度あるかないかという体験を、「孤狼の血」が味わわせてくれるはずだ。
<作品情報>
孤狼の血
役所広司 松坂桃李 真木よう子 音尾琢真 駿河太郎 中村倫也 阿部純子 /中村獅童 竹野内豊/滝藤賢一 矢島健一 田口トモロヲ ピエール 瀧 石橋蓮司 ・ 江口洋介
原作:柚月裕子(「孤狼の血」角川文庫刊)
監督:白石和彌 脚本:池上純哉 音楽:安川午朗
撮影:灰原隆裕 照明:川井稔 録音:浦田和治 美術:今村力
企画協力:株式会社KADOKAWA
製作:「孤狼の血」製作委員会 配給:東映 126分
www.korou.jp
(c)2018「孤狼の血」製作委員会
2018年5月12日全国ロードショー
躰が痺れる、恍惚と狂熱の126分
物語の舞台は、昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島。所轄署に配属となった日岡秀一は、暴力団との癒着を噂される刑事・大上章吾とともに、金融会社社員失踪事件の捜査を担当する。常軌を逸した大上の捜査に戸惑う日岡。失踪事件を発端に、対立する暴力団組同士の抗争が激化し……。